皆は貴方を優しいと言うけれど

のんびりした緑

彼は優しい

残暑が和らぎ、朝夕冷えるようになった秋頃


追憶学園の2年の教室にて

ふと誰かを褒める声が聞こえてきた。

音無おとなしって優しいよな」

優しいって言われたのは同学年で同じ教室の男の子

音無おとなし霧夜きりやの事だ。

彼は優しいが皆の共通認識で私も彼は優しいなーと思っている。

清潔感のある細身の容姿もあって好青年の印象を抱きやすいと言ったところか。


申し遅れました。私、結月ゆづき真優まゆと申します。

音無君と同じ教室で勉学を励む女の子です。

容姿は至って普通とだけ。


閑話休題


例えばだが、彼は掃除を押し付けられる事に嫌な顔をしない。

「わりぃ音無!急いでるから掃除頼めるか!」

「いいよいいよ、行っておいで」

「助かる!」

そう言って音無君に掃除を頼んで教室から走り去っていった。

数人で教室を掃除する筈が頼まれて・・・いや、

押し付けられたにも関わらず、彼は笑顔で送り届ける。

だが一人で掃除させるのは忍びないと言う事で、私は手伝おうと思った。

「もう勝手なんだから・・・私、手伝うよ」

「いいよいいよ。結月さんも帰って大丈夫だから」

「・・・そう?」

「うん、その気持ちだけでも嬉しいから」

そう笑顔で言われたら何も言い返せないじゃない

と思ってしまい、私はそのまま帰路に着いた。


掃除以外にも、教師からの頼まれ事も断らない

「音無、悪いがこれ教室まで持って行ってくれないか」

「はーい先生」

そう言って先生からプリントの束を渡された。

重たいから先に生徒に持って行かせて自分の分を軽くさせようという魂胆か。

こんな嫌な事を考えちゃう私と違い、音無君は嫌な顔せず引き受ける。

彼は先生からも良い子だと評判が良い

きっと全教科の内申点も最大だろうなと思う。


後はこれは凄いなと思うのは、彼は怒らないのだ

「ねえ、この染み何?」

「あー・・・悪い!実はお茶零して汚しちまった!」

「言ってくれたらそれで良かったのに」

「ホントすまん・・・」

「謝ってくれたからそれでいいよ」

自分の教科書を汚されたのを隠されてたにも関わらず、あまり怒らなかった。

普通、怒号を上げると思うんだけどなー

だが彼はすぐに許した。


私は気になる事が出来た。

なぜ、そこまで優しくできるのだろうかと。

嫌な事があっても、隠されてても怒らない。

頼まれ事も一回二回ならともかく

頻繁に頼まれ事を音無君はされる。

断らないからだろうか?

しかしそれでは都合の良い子、では無いのだろうか?

良い子、ではなく、都合の良い子。

彼の都合を無視しているのではないか?

そう思うようになってきたので、疑問をほどく為に彼に訊ねた。


「音無君、聞きたい事があるけど聞いて良い?」

「聞きたい事?言える内容なら」

「よく頼まれ事を引き受けてるけど、断ろうと考えたりしないんですか?」

彼はその質問に対し、うーんと軽く考えてから答えを返した。

「断って嫌な思いさせるよりは、引き受けて喜んで貰う方が良いかなって」

「へぇ・・・じゃあ怒らないのは?」

「険悪な空気にしたくないからだね」

ほら、良くも悪くも場を支配しちゃうでしょう?と言われると確かにってなる。

怒号に皆反応して動けなくなってしまうのは年齢、場所問わずあると思う。

音無君は大人だなぁ。

「へぇ・・・人格者だね」

「褒めてくれてありがとう」

笑顔でお礼を言ってくれた音無君。

そんな彼だから、女の子の間ではそこそこ人気がある。


優しそう

付き合ったら喧嘩とかなさそう

どきどきするかは分からないけど安心感はありそう


こんな評判だ。ただの予想でしかないが、概ね好評と言って良いだろう。

ただ私は、それとは違う考えを持っている。

なんとなくでしかない。だけどこう考えてしまう。



気が付いたら彼は、姿を消してるんじゃないかと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る