勇者は2.5次元俳優

茉莉鵶

序章

第1話 僕は2.5次元俳優

令和6年9月14日────


 「ウェルド様!!危ないっ!!」


 「何っ?!」


 僕は2.5次元俳優を生業としている増田ユウト。主に、アニメやコミックス、ゲーム等、平面世界にある作品を原作として、現実世界での舞台や映像作品上にて、僕たち3次元の俳優が、2次元のキャラクターを演じて具現化させる為、2次元と3次元の間ということで、2.5次元俳優と呼ばれている。


 まさに今、人気ファンタジーアニメを原作とする2.5次元舞台を劇場で上演中で、僕は勇者ウェルドを演じている。

 交わされたセリフは、勇者ウェルドを中心とした勇者パーティ5人が、魔王の四天王の1人である魔女イゼールの居城へ向かっている最中、背後から奇襲されるというシーンでのひとコマだ。

 この後、特殊効果で爆発が起きた後、スモークが焚かれ、舞台が暗転し場面転換される流れになっている。


 「後方からの魔法に警戒しろ!!また来るぞ!!」


 ──ビュンッ!!


 遥か上空から大型の攻撃魔法が、勇者パーティに向かって高速で放たれたような、舞台照明と舞台音響による演出効果がされる。


 「うわぁ!?魔法が間に合わないっ!!」


 いよいよ、この2.5次元舞台の見せどころだ。


 ──ドオオオオンッ!!


 「キャアアアアアッ!!」


 劇場内が揺れる程の耳をつんざくような爆発音が聞こえ、キーンと耳鳴りがし始めた。

 初日公演から、もう幾度となくこのシーンは演じてきているが、何か今日はおかしいと思った瞬間だった。


 ──ドカアアアアンッ!!


 轟音と共に爆風が舞台上にいた、僕たちを襲い吹き飛ばされた。


────


 「んっ…。」


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。はたまたすぐなのだろうか。爆風で吹き飛ばされた僕は、意識を失っていたようだが、幸いなことに目を覚ますことが出来た。

 目をゆっくりと開けると、舞台上にも劇場内にも僕は居ないようで、まず空が見えた。

 次に僕は、劇場の屋根が吹き飛んだのだと思い、顔を横に向けてみると、まるでファンタジーアニメで見るような、石造りのような街並みの光景が目に飛び込んできた。


 ──バチンッ!!


 「いてええええっ!!」


 ああ、僕は夢の中で目覚めてしまったのだと、頬を手で思い切り叩いてみたのだが、上半身が地面から飛び起きる程、滅茶苦茶痛かった。その瞬間、これは夢の中の出来事ではないと悟った。

 地面から上体が起きたついでに、先程爆風を受けて舞台から吹き飛ばされた身体の状態を確認することにした。


 まず、目線を胸の辺りからつま先の方まで動かしてみたが、先程まで舞台で演じていた勇者ウェルドの衣装を身につけたままでおり、舞台から吹き飛ばされた筈だが、見える範囲での破損も見られなかった。

 次に僕は、腕を前に突き出して、手を握って開いてと繰り返してみたが、特に痛みもなく何ともなさそうだ。

 最後に、恐る恐る両脚を動かしてみたが、ちゃんと動いた。

 とりあえず、今の所僕は生きているということで良いだろうか。


 それにしても、一体ここはどこなんだろうか。あの劇場から、ドッキリか何かの企画で、特殊効果で吹き飛ばされて、薬かなんかで強制的に気絶されられる形で、映画のセットに連れて来られたとかだろうか?事務所のマネージャーからは、そんな仕事聞いてなかったが。まぁ、テレビ番組ならそういう事もあり得るか。

 

 そんなことを色々考えながら、地面からゆっくり立ち上がった僕はちゃんと歩けるか、その場で何度か屈伸をした後、足踏みをし始めようとしていた。


 「お兄ちゃん、見ない顔だが…俺の庭で何してるんだ?」


 突然、背後から低めの声で、僕は声を掛けられた。


 「えっ…?!庭でしたか…。すみません!!気づいたら、ここに倒れていまして…。ここはどこ、なのでしょうか?」


 慌てて振り返ると、無地の布のような簡素な衣類を身に纏った中年男性が、棒状の何かを両手に持って立っていた。


 「おいおい、また異世界人かぁ!?最近、多いんだよなぁ…。まさか、俺の家にも来るとはなぁ…。」


 「異世界人…ですか?」


 「ああ。お兄ちゃんみたいに、気づいたら倒れてたってのが特徴なんだ。」


 ここ最近の人気アニメの題材で多い、異世界ってやつだろうか?その中でも、恐らく僕は…異世界転移ってやつだろうか。

 そういう話を聞くと、今回劇場で起きた何らかの爆発の爆風で吹き飛ばされたことが、僕が異世界転移したトリガーになってるのだろうか?


 「そのようです。失礼ですが、ここはどのような世界なのでしょうか?」


 「ああ…お兄ちゃん、色々とついてないな。よりにもよって、こんな世界に来ちまうなんてよ?」


 まずは、この異世界の全容を知っておかなければと考えたのだが、中年男性は憐れみにも似た表情で、僕の方を見ながら話始めた。


 「俺の話聞き終わって、この前の近くの家で倒れてたお姉ちゃんみたく、お兄ちゃんも気を落として…命絶とうとするんじゃねぇぞ?」


 異世界転移させられてきて、自死を選ぶなんて…この世界が置かれているのは余程な事態なのだろう。


 「大丈夫です。」


 「この世界にはな、もう…希望なんて無いんだよ。」


 「どういう事ですか?教えてください。」


 希望がない?どういう事だ。巨大隕石や巨大彗星でも迫って来ているのだろうか?


 「ああ、教えても良いが…絶対、バカな真似はするんじゃねぇぞ?」


 念押しで確認してくるということは、本当に希望を見出せないような事態なのだろう。


 「大丈夫です。」


 「1ヶ月前だったろうか、勇者様のパーティが魔王に挑んでな?勇者様は魔王に討ち取られてしまったんだ。お仲間の男たちは惨殺され、女たちは魔王の性玩具にされた。そして、この1ヶ月の間で…勇者様の血脈は根絶やしに遭ったと聞く。俺が何を言いたいか、分かるだろう?」


 ああ、この異世界は…勇者が魔王に討ち取られた、勇者亡き世界という事か…。大抵のファンタジー作品の場合、魔王には勇者のスキルや魔法、攻撃、専用武器しか効かないという設定が鉄板だ。

 中年男性の『希望なんて無い』がしっくり来た。そりゃ、異世界転移してきてエンジョイ気分とはなり辛いだろうな。

 それに、女性ともなれば自死を選びたくなるのも頷ける。下手すれば魔王の配下たちに生きて捕らえられ、性玩具に死ぬまでさせられる可能性もある訳だ。


 「魔王への対抗手段は無いのですか?」


 「魔王には、勇者様の攻撃しか効かない。だから魔王にとっての脅威は排除された訳だ。だから今、魔王とその配下の魔族たちが日々支配領域を拡げてきている。配下であれば対抗手段は幾らでもあるが、魔王が来たら勝ち目は無い。逃げるが勝ちだ。」


 この世界はもう、善と悪のパワーバランスが勇者死亡で魔王一強と化し、終わっている。

 でも、何故…異世界人と呼ばれる人たちは、この世界へと異世界転移してきているのだろうか?誰かの何らかの意図が、そこには介在しているのでは?

 ファンタジーアニメ好きが高じて、2.5次元俳優になった僕は、ついついそこに期待してしまう。


 「あと…異世界人が来たら、能力鑑定する決まりになってるんだが、お兄ちゃん受けてくれるか?」


 「別に構いませんが、それで何が分かるのですか?」


 「異世界人はこの世界に転移してくる際、特別な能力を授かってくるみたいでな?この前、来たお姉ちゃんは【死に戻り】スキルと【回復】系魔法【蘇生】系魔法の能力を持っててな?結局、死ねなかったんだ。だから、お兄ちゃんにも期待が膨らむ訳さ!!」


 完全にヒーラーになるべく、この異世界に転移させられたとしか思えない能力だ。【死に戻り】があるので、最悪自分への回復は怠っても良いわけだ。


 「分かりました。宜しくお願いします。」


 こうして、僕は中年男性に連れられて、街中にある能力鑑定所へと向かうことになった。

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