02.公爵令嬢、思い切りぶちまけて、ちょっとスッキリしてしまう

 

「いいだろう。聞いてやる。どういう事情か、話してみろ」



 悪魔にそう言われ、よくぞ聞いてくれたとばかりに、アイリーンは叫んだ。



「パーカー様……わたくしの婚約者が、とんでもない女に騙されたのです!」



 ちなみに、アイリーンの婚約者であるパーカーとは、この国の第3王子だ。


 5歳の時に婚約が決まり、同じ学園に通いながら、まあまあ仲良くやってきたのだが、

 1年前、「レイチェル」という、ネビル辺境伯の養女が転校してきて、状況が一変した。


 パーカーが、レイチェルに入れ込み始めたのだ。


 彼らは、何かにつけて一緒に行動するようになった。

 パーカーは、アイリーンには仕事を押し付けるだけで見向きもしなくなり、

 学園で開催されたパーティでは、婚約者のアイリーンのことなどほったらかしで、ずっとレイチェルと踊っている始末だ。


 もちろん、アイリーンは抗議した。

 王族であるパーカーに、あんなどこの馬の骨か分からない女を近づけるべきではない、と思ったからだ。


 それなのに、周囲は、

「好きにさせてやれ」

「お前が我慢すれば丸く収まる」

 と言うばかりで、まるでお話にならない。


 そして、遂に昨日。

 王族の恒例行事である、4カ月間の海外交換留学に、婚約者の自分ではなくレイチェルを連れて行ってしまったのだ。



「許せませんわ! あるまじきことですわ!」



 怒りに身を震わせながら、しゃべりまくるアイリーン。

 しゃべっているうちに怒りがどんどん湧いてきて、彼女は溜まりに溜まったストレスを吐き出し始めた。



「わたくし、ずっと陰日向なくパーカー様を支えてまいりましたわ! パーカー様のために、厳しい妃教育にも耐えてきたのです!」



 それなのにっ! と、彼女は拳を握り締めた。



「留学先にあの女を連れて行ったのです! 置いていかれたわたくしは赤っ恥ですわ! こんなに尽くして来たのにこの仕打ち、ひど過ぎますわ! 生徒会の仕事だってなんだって、全部わたくしがやっているのに、邪魔者扱いですわ!」



 その後も、あんなことがあった、こんなことがあった、猛烈な勢いでしゃべるアイリーン。

 感情を思い切り爆発させる彼女を、悪魔が考え込むようにながめる。


 そして、ようやく気が済むまでしゃべり、アイリーンはゼイゼイ言いながら、口を閉じた。



(……なんだか、とてもスッキリしましたわ)



 十年以上溜まっていた、うっぷんを吐き出したせいか、今までにないほど心が軽い。

 さっきまであった体が爆発しそうな怒りが収まり、カッカとしていた頭が少し冷える。



(……わたくし、想像以上にストレスがたまっていたんですわね)



 そして、冷静になった彼女は思った。

 ひょっとして、これ、悪魔を召喚するほどのことじゃなかったんじゃないか、と。


 悪魔を召喚して願いを言うということは、命を差し出すということだ。

 あの女をどうにかするために命を差し出すとか、冷静に考えたらめちゃくちゃもったいない。



(ど、どうしましょう)



 彼女はうろたえた。


 ほんの半時間前は、もう悪魔の力を借りるしかないと思っていた。

 でも、今は「そこまでやるような話じゃなかったんじゃ」くらいに思っている。


 やらかしてしまった事態の大きさに、彼女は青くなった。


 本音を言うと、悪魔には、


「話聞いてもらったらスッキリしたんで、帰っていいですよ」


 とか言って帰ってもらいたいところだ。

 でも、そんなことを言う勇気はないし、言えば殺されてしまう可能性だってある。



(こ、これはマズイですわ)



 背中に冷や汗をダラダラとかきながら、必死にどうしようかと考えるアイリーン。




 一方、悪魔はというと、考え込むように長い睫毛を伏せていた。


 涼しい顔をしている彼だが、実は内心結構困っていた。



(……さて、これはどうしたものか)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る