ブチ切れた公爵令嬢、勢いで悪魔を召喚してしまう ※書籍化・コミカライズ

優木凛々

01.公爵令嬢、ブチ切れる


「もう許せませんわ! ありえませんわ!」



 丸い月が空に浮かぶ、ある春の夜。

 暗い森の中を、1人のフードを被った女性が、ランタンを手に怒り任せに歩いていた。


 女性の名は、アイリーン・ブライトン、17歳。

 この森の持ち主であるブライトン公爵家の娘だ。


 彼女は、めちゃくちゃブチ切れていた。



「あんな得体の知れない女をパーカー様のそばに置くなんて、あり得ませんわ!」

「みんな、あの女に騙されているんですわ!」



 結構な大きさの独り言を言いながら、暗い森の中をズカズカと進んでいく。


 そして、高速で歩くこと、しばし。

 彼女は、森の中央あたりにある空き地に出た。

 空き地には、いかにも古そうな教会が、月明かりに照らされながら、怪しく建っている。


 普通だったら、怖くて近寄ることすら難しいであろう不気味な教会だが、

 怒れる彼女は、何の躊躇もなく近づいた。

 扉に付いている錆びたドアノブをむんずと掴むと、体当たりするように開く。


 キイィィ、と扉が嫌な音をしながら開き、

 彼女は、つんのめりながら中に入った。


 バタン、と、後ろで扉が閉まる。


 彼女は体勢を立て直すと、ランタンを掲げた。


 教会の中はガランとしており、床には分厚い重そうな絨毯が敷かれている。


 彼女はランタンを床に置くと、絨毯の端に手を掛けた。

 持ち上げた瞬間、大量の埃が舞い上がる。



「……っ! ゲホゲホッ」



 咳き込みながらも、何とか絨毯をクルクルと丸めていく。

 そして、丸め終わり、彼女は絨毯がひかれていた床をランプで照らした。



「……これだわ」



 石の床にあったのは、まるで赤黒いインクのようなもので描かれた、大きな魔法陣だ。

 丸い円の中には、古代文字と思われる文字や図形がびっしりと描かれている。



「……やるわよ」



 彼女は、魔法陣の前に勇ましく立った。

 仁王立ちをすると、真上にある天窓から見える満月を仰ぎ見る。

 そして、バッと両手を挙げると、大きな声で唱えた。



「来たれ、魔界に住まう悪魔よ、我と契約を結ばん!」



 結ばん、ばん、ばん、ば……



 彼女の声が教会の中にこだまする。


 しかし、待てど暮らせど、何も起こらない。



「……おかしいわね」



 彼女は、マントのポケットをゴソゴソと探ると、古い手帳を取り出した。

 しおりが入っている箇所を開き、

「呪文は合っているわ」「ポーズもいい……」「何が違うのかしら」

 と首をかしげる。


 そして、「声の大きさかもしれないわ」とポケットに手帳をしまうと、

 両手をバッと挙げて、先ほどよりも、やや大きな声を出した。



「来たれ、魔界に住まう悪魔よ、我と契約を結ばん!!」



 魔法陣はうんともすんとも言わない。


 その後、声をもうちょっと大きくしてみたり、手を挙げるタイミングを変えたりしてみるものの、何か起こる様子はない。


 そして、八回目が失敗に終わり、彼女は、ムキ―!と地団太を踏んだ。



「ちょっと! 発動しなさいよ! あなたが最後の頼みの綱なのよ!」



 そして、彼女はキッと魔法陣を睨みつけると、天に向かって手を挙げて、高らかに叫んだ。



「来たれ! 魔界に住まう悪魔よ! 我と契約を結ばん! ――てか、出てきなさいよ! このわたくしが契約を結んで差し上げるって言っているのよ!!」



 ぐわんぐんわん、と金切り声が教会中をこだまする。


 そして、ゆっくりとこだまが消え、完全に消えたと思った、その瞬間。


 ぶわっと、魔法陣から生暖かい風が吹き出した。

 凄まじい風が教会中を吹き荒れる。



「えっ!?」



 たまらず頭を抱えてしゃがみ込むと、

 今度は魔法陣から、紫と黒が混じりあったような光がドバーッと噴き出してきた。



(……っ!)



 どんどん強くなる光と風に、アイリーンはたまらず目をつぶる。


 そして、両手で頭を抱えてしゃがみ込むこと、しばし。

 フッと風が止んだ。

 周囲の気温が急に下がったような感覚がする。



(もう、大丈夫かしら……)



 恐る恐る顔を上げて、



「……っ!」



 彼女は大きく目を見開いた。


 天窓から差し込む月明かりの下、魔法陣の真ん中に、一人の男性が目をつぶって立っていた。

 漆黒のような黒い髪に、彫刻のように整った顔立ち、すらりとした体。

 布を巻いたような露出の高い服を着ており、高価そうな宝飾品をジャラジャラと着けている。


 アイリーンは、ポカンと男性を見た。



(この方が、悪魔……?)



 てっきり、よく絵本に出てくるような、しゃべる黒ヤギが出てくるかと思いきや、まさかの人型。


 予想外過ぎるその姿に、彼女が瞬きを忘れて見入っていると、

 男性がうっすらと目を開けた。

 薄闇の中でも分かるほど真っ赤な瞳を彼女に向けると、その目をすっと細めた。



「300年振りだな」



 そして、悪魔は驚き固まる彼女に向かって、妖艶に微笑んだ。



「それで、お前は俺に何を望む?」



 悪魔の言葉を聞いて、アイリーンは、ハッと我に返った。

 そうだ、願いごとを言わなければ!


 彼女は必死に叫んだ。



「あ、あの女をどうにかして下さいませ!」

「あの女?」

「あの女が来てから、何もかも上手くいきませんわ! パーカー様が交換留学にわたくしじゃなくてあの女を連れて行きましたのよ! あり得ないですわ! 許せないですわ!」



 叫ぶアイリーンを、悪魔が赤い瞳でながめる。

 そして、彼は天窓から見える月を見上げると、ふっと笑った。



「いいだろう。聞いてやる。どういう事情か、話してみろ」




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