魔法が使えなくなった魔法使いは辺境に追いやられる

岡 あこ

第1話 プロローグ

「寒い,はぁ,新しい趣味でも探さないとだな.」

雪が少し積もる小さな街に小さな荷物を持った,20代半ばの少し眠そうな黒髪の青年が立っていた.魔法使いが良く着ているローブに身を包み,如何にも魔法使いという格好だったが,彼の手には魔法の杖が無かった.


中央ほど栄えていなかったが,冷たい風が吹くだけで,街は言うほど寂れた辺境では無かった.


30年前,それまでは大きな集団は作らずに動いていた魔族が1人の魔族とそれの下の10人幹部の魔族の元で魔王軍として集結した.


魔族は人類に対してそれまでも危害を加えていたが,魔王軍になった事で,危険度は跳ね上がった.対立していた多くの国々も団結したが,それでも,多くの人類は命を落とした. しかし,人類は諦めていなかった.勇者が現れる神の信託を信じていたのだ.


そしてその予言は現実となった.

10年前に現れた勇者とその3人の仲間の手によって魔王は打ち取られ,ほとんどの魔王軍幹部も打ち取り世界は平和になったように見えた.

そして英雄である勇者パーティーの未来は安泰だと思われたいた.


魔王討伐後,世界と勇者パーティーのメンバーは変わった.

人類は魔王軍という共通の敵を失い,再び分裂した.一度は無くなりかけていた,エルフやドアーフの迫害が再び始まり,国同士の静かな牽制が始まっていた.


正義感があり,正しく進み続けようとしていた勇者は,その正義感を失い,私欲にまみれた暴力兵器に成り下がった.


勇敢であったドアーフの戦士は,その勇敢さを失い,臆病で卑怯な人物になり,ドアーフの国の王によって恥だとして幽閉された.


信仰心があり優しかった聖女は,その信仰心と優しさを失い,聖典があった手に今あるのは酒瓶だった.


行動的で魔法を愛していた魔法使いは,魔法の使い方を忘れて,気力を失った.


魔法使いは辺境の小さな街の領主に任じられた.

勇者パーティの功績により人気だけがある魔法使い,魔法が使えなくなった彼を,人気だけの彼を邪魔になると考えた人々は魔法使いを辺境の領主として追いやった.



一人辺境にやって来た魔法使いは,街をキョロキョロと見渡していた.

そこに,金髪碧眼の杖を持った少女が駆け寄り

「新しい領主のアレフ様ですね.ようこそセルべに.私の名前はセネカです.」

そう言って頭を下げた.


元勇者パーティーの元魔法使いアレフは,その少女を見て

「……どうも,大人の方はおられますか?」

目線を下げて,首を傾げた.


「…………17歳の私が案内役で不服でしょうか?」

数秒間の沈黙の後にセネカは無表情で笑った.そのセネカの表情を見て,アレフは,ゆっくり笑い.それから何事もなかったかのように話を続けた.


「では,えっと,案内をお願いします.セネカさん.」


「……分かりました.では,小さな街ですが,案内させて頂きます.」

セネカはそう言うとゆっくりと歩き始めた.

その後をアレフは小さく欠伸をしながらつけて歩いた.


やる気と魔法を失った魔法使いの新たな物語が始まった.




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魔法が使えなくなった魔法使いは辺境に追いやられる 岡 あこ @dennki

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