第7話 特性追跡者 7

 僕は手紙を読み終えた後、上原の意図を考え続けていた。

 彼は死を選んだのではなく、分岐点を超えて新たなループに移行するための手段を取ったのだ。

 とてもじゃないが、常人に理解できる話ではない。

 だが、僕が彼だった時にがあったなら――


 とにかく、彼が残した他の手がかりもきっとあるはずだ。

 上原が生前に匿名で書いていたというブログに、アクセスしてみるべきだと思った。


 東京に戻ると、僕はそそくさと漫画喫茶を探し当てた。

 帰宅して日常へ戻れば、言い訳を考え出して、僕はブログにアクセスしようとはしないだろう。

 怖いのだ。

 真実を知るのは、いつだって怖い。

 自分の内臓を掻き回し、本心をさらけ出さねばならぬから。


 ☆☆☆


 ここは、いつもの漫画喫茶のチェーン店だ。

 空調の音が静かに響く中、薄暗い個室に入ると、まるで秘密の隠れ家に戻ってきたかのような安心感があった。

 座っているだけで、外界と隔絶された気分になる。

 目の前のPCのモニターが白く光り、僕を待っていた。


 上原が書いていたというブログのURLを入力し、アクセスする。

 そこには一見、何の変哲もない無名のブログが広がっていた。

 しかし、その内容を読み進めるうちに、僕の心は徐々に高鳴っていった。


 まるでSF小説としてでしか読解不可能な文章。

 現実離れしていたが、僕にはそれが何を意味しているのかわかる。

 これが奴の内臓で、有権者に手を振っていない時の上原だ。

 僕らに宛てた夢と呪いのブログなのだ。


 ☆☆☆


「何周目かの僕へ


 まず初めに言っておく。僕は君ではないよ。

 僕たちは同じ人物のように思えるかもしれないが、異なる経験と記憶を持つ存在だ。

 だから、君が思っている以上に僕たちの考えや行動は違う。


 僕は自らの死を分岐点に選んだ。

 死というのは終わりではなく、ただの新たな始まりの合図でしかない。

 それを僕は何度も繰り返し、ようやく気付いた。

 この世界にはいくつもの道が存在し、死を迎えるたびに別の分岐へと進むことができるんだ。

 僕はそれを『特性追跡者』と名付けた。

 分岐の中で自分自身の特性を追い求める存在のことを、僕たちはそう呼んでいい。


 僕が選んだ道が正解だったのかはわからない。

 君が僕になった時に、選ぶべき道は異なるかもしれない。

 君はこの世界で何を見つけ、何を感じるか。


 ただ一つ言えることは、自分自身を見失わないこと。

 どの分岐に進んでも、君が君である限り、新たな真実に辿り着けるだろう。


 僕たちの存在が他の誰にも理解されないとしても、僕たちだけがこの分岐の秘密を知っている。

 それが僕たちの強みであり、呪いでもある。


 君の選択が、君自身の運命だけでなく、この世界全体の未来をも左右する。

 慎重に考え、行動することを願っている。

 特性追跡者に幸あれ。」


 ☆☆☆


 ブログの前書きを読み終わると、僕はしばらくの間、何も考えられなくなった。

 上原の言葉が僕の中で渦巻き、彼の意図を理解しようと必死に思考を巡らせる。


 僕は君ではない。

 上原の言う「特性追跡者」とは、僕たちが生きる目的を追い求めるための名前なのかもしれない。


 彼が言う「分岐点」とは、ただの偶然ではなく、意図的に選び取られるべきものなのだろう。

 上原が手紙と、このブログを残した理由が少しずつ明らかになってきた。

 僕がどの道を選ぶべきか、上原はに問いかけているのだ。

 この新たな分岐で、僕は何を見つけることができるのだろうか。


 ☆☆☆


「歴史の中で、突如として現れる天才やリーダーたちの存在は、大昔からの自然現象であり、摂理とされてきた。

 乱世に小大名の息子や、ただの農民の子が天下人となれた理由は何だろうか?

 一度目の人生であれば、それはまず不可能だ。

 だが、彼らはループの中で生きている。

 何度も人生を繰り返し、経験を積んだ者たちが、たまたまその時代の中で覚醒するのだ。」


 ブログは続けて、歴史上の様々な人物が「ループ」の影響を受けていた可能性について言及していた。

 戦国時代の覇者、革命のリーダー、科学の天才。

 彼らが何故時代を越えて卓越した存在となり得たのか、その背景に「ループ」が存在していると仮定していた。


 僕は、上原がこの世界の真理をどれだけ知っていたのかを感じ取った。

 彼の書く内容は、一般人には意味不明に映るだろう。

 奇妙な陰謀論やフィクションの一部と捉えられても仕方ない。

 しかし、僕にとってそれは現実であり、共感できる内容だった。


 スクロールするたびに、上原の考えが頭の中で鮮明に浮かび上がってくる。

 彼はこのブログを通じて、僕にメッセージを送っていたのだ。

 僕たちは単に一つの人生を生きているわけではない。

 選択の分岐点を越えて、無数のループを生きる可能性があるのだ。


 僕は背筋に冷たいものを感じながら、画面を凝視した。

 ページを貪るように読み進め、頭の中で上原の声が響く。

 彼が何を考え、何を求めていたのか、そして僕がこれから何をすべきなのか。


 もしかしたら、僕も彼のように、次の分岐点で新たなループに移行するべきなのかもしれない。

 それとも、今このループの中で答えを見つけるべきなのか。

 僕は、答えを求めてさらにページを読み進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る