恋心の成れの果て

第1話 愛憎劇のはじまり

 夏にのみ現れる幽霊がいた。幽霊らしい死装束。そしてその純白を強調する腰まで届く長い黒髪。その艶めきが、本来ならば不吉に思うはずの死装束さえらまるで美しい平安の姫君が着ける単と錯覚してしまうほどであった


 その幽霊は、柳の傍で佇んでいる。そして、何かを見上げるように顔を上げて、また長い前髪がさらりと耳にかかっていた。怪異や都市伝説が心霊番組に年に一度取り上げられる現在、このような幽霊はちと珍しい分類である。もちろん、幽霊というだけでも珍しいといえばそうなのだが。

 例えば赤いワンピースを着た女がトンネルの中に立っているだとか、可愛らしい女の子がしゃがんで俯いていたところを見て声をかけたら鬼だったとか、そのような所謂個性的なものたちとは異なる様相を持っていたのである。


 とはいえ、いくら美しい髪を持っていても、俯くことなく見上げていても、幽霊は幽霊。ふらりと人間を誑かして食っているという噂もまとわりついていた。見に行った者が帰ってこないとか、帰ってきても廃人になって気が狂っているだとか。

 その柳があるのは、山奥に湧き出る清流にかかった真っ赤で小さな橋の傍である。深い山の奥、川、橋、幽霊なんてまさに都市伝説として必要な要素を持っている。その上でさっきのような美しさと艶やかさ、格式高いと思わせる魅惑、見上げる先という謎めいていることも加わって、一部の怪異好きにはぶっ刺さったのであった。


 ただ、ただそれだけだったのだ。人間を喰うといっても、見に行った者が帰ってこない者もいるからという理由からできた噂である。単に遭難しているだけかもしれない。まさに幽霊のように、本当なのか分からない、人間を食っているのかわからない、そして美しい。ゆらゆらした存在であった。


 それをぶち壊してあまりに大きな代償を払い佇んでいただけの彼女を激高させ、いずれは大量の人間を貪ることになろうとさえ思わせる悪霊、もしくは山一体を異界として邪神となるかもしれないきっかけを作ったのは、ただのある男の行動であった。なんとも切なく、苦しく、怒りに塗れた暑い一幕である。

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