Chapter1

第28話

ああ、足元がふらつく。







自分でもイヤになるぐらい、自分が酒臭い。









だらしなく喉元に絡むネクタイ。







ワイシャツは、胸元まで肌蹴ている。






……なんでだ?







ああ、そっか……さっき、ダイニングで水飲んで……。







むせて……ちょっと零しちゃって……気持ち悪いから、ボタン、外したんだっけ……。








「はぁ……」







酷い有様に幻滅……。






けれど。






こうなる為にあそこまで酒をあおったんだろう、と、思い返し、自嘲する。






そうだな。






これは意図した、俺のあるべき姿、だ。







だけど、周到に謀ってこうなったわけじゃない。







意気地なく迷っているうちに……こうなっていたという方が、多分、正しい。






山梨にある工房との取引の都合で、今週初めから家を空けなければならなかったのは、本当に予期せぬ出来事だった。






出張先からようやく戻ってきたその日に、商工会の定例会があったのも。






その会合の後に宴席が設けられていたのも……俺が望んで決めた事じゃない。








ただ、その宴席への出席は任意だった。







つまり、断ろうと思えば、いくらでもできたんだ。








それなのに、その宴席はおろか、その場に居合わせた商店会の青年部役員達に誘われて2次会、3次会にまでつきあったのには……理由がある。










それは、潜在意識の奥での躊躇い。






愛しい少女との再会の、喜びと、不安との、相反する感情のせめぎ合いに尽きる。







彼女は、今、この扉の向こう側で。








俺の事を忘れ、俺のこの思いなど知らず、健やかに寝息を立てているのだろう……。

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