Chapter1

第1話

三月吉日。




五分咲きの桜の木々に囲まれた雅な庭園を一望できる、某老舗料亭の「扇の間」で。




私、笠木瑠羽と香坂朋紀は、便宜上婚約した。









そう……あくまでも便宜上。





実際は、結納のようなそれではなく、婚約を前提とした両家の会食みたいなものだった。





とはいえ、朋紀の家族とうちのお母さんだけでなく、朋紀のお兄さんの守り役2人も出席してくれたので、略式ながらも、私は、朋紀の婚約者として香坂家に承認された事になるらしい。







香坂家に泊めて貰う予定のお母さんと、朋紀本人を含む【香坂家上機嫌ご一行様】は、香坂家のお屋敷でお祝い会をすると言って、たいそう盛り上がっていたけれど。




1人電車に揺られてアパートに戻った私のテンションは、かなりの速度でクールダウンしていた。





一夜明けた今も、私にとっては、まだどこか他人事のような感覚で。





嬉しいとか、幸せだとか、そういう感情からかけ離れた遠いどこかに、心を置き去りにしたような気持ちでいる。

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