棘の森の瑠羽

第1話

「ねえ、お母さん。瑠羽って、眠り姫?」




俺がそう問いかけると、母さんは花器に活けようとしていた白い花を手に、こちらを向いて



「え?」



と、首をかしげて目を瞬かせた。





幼かった俺は、世界の童話集だったか、名作童話集だったか‥‥とにかくそんなようなタイトルの、厚くて大きな絵本を畳の上で開いて、



「これ。森で眠ってるお姫様。これって、もりひめの事?」



そう、素朴な疑問を母さんに投げかけた。




「ふふ‥‥‥読み方は同じ"もり"でも、字の意味が違っていて‥‥‥」



母さんは、ちょっと困ったように笑ってから、俺に向かって説明を始めた。




でも、その時、俺は、母さんが何を言いたいのか、よくわからなかった。



ただ、瑠羽に関する説明だというのは子供心に分かっていたから、俺は、母さんの言葉を理解しようと努力した。



「ええと、木が沢山生えている『森』と、守るっていう意味の『守』があって‥‥‥って言っても、わからない‥‥‥わよね」



努力はした。



けれど、やっぱり、わからなかった。



やっとひらがなの本が読めるようになったばかりの俺にとって、"もり"は童話によく出てくる"森"だったし、当時はまだ『守り役』がどういうモノなのか理解していなかったのだから、わからなくても仕方が無い。




俺が諦めて本を閉じようとした時、母さんが突然、




「あ、でも、朋紀にとって、瑠羽ちゃんは、眠り姫みたいなものかもね。だから、同じって事でいいわ」



と、とてもスッキリした笑顔で、手にしていた花をビシッと俺に差し向けた。




母さんのその言葉に、俺は、胸を高鳴らせた記憶がある。





何故、同じでいいのか、とか、字の意味がどう違うのか、なんてのは、多分もう、どうでも良くなっていて。





もりひめ=森のお姫様という短絡的な誤解をしたまま、純粋にまだ見ぬ瑠羽に思いを馳せていた。





「じゃあ、やっぱり、瑠羽は森の中にいるの?」




「それはちょっと違うけど。眠り姫みたいに可愛いのはホント」




「じゃあ、100年待たなくても会える?」





「うん。朋紀が大きくなったら会えるわよ」

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