特別清算

第17話

ついに米国本社の決断が下り、従業員たちは1か月の給与の上積みだけでボーナスなしで会社を去ることになったが、こんなとんでもない赤字では当然であった。破たん時には70数名の社員がいたというが、雑誌編集部員はわずか6名を数えるのみだったという。

1986年4月12日、リーダーズダイジェストは東京地裁に特別清算を申請するが、負債額は39億2千万円であった。この中には米国本社からの持ち出しや債務保証は含まれていない。リーダーズダイジェストには、自分が購読料を払って他人に送付する契約をした人や在留邦人向けに発行していた部数もあった。これを「特別購読者」といい、その数は塩谷氏が把握しているだけで6000人以上いた。会社破たん時に「特別購読者」については会社の機密事項だったため名簿は手書きでコピーを用意していなかった。そのためその名簿を労組に押さえられ団体交渉のカードとして使われた結果、これらの人には定期購読料の返金ができなかった。これが一部の人から訴えられ、リーダーズダイジェストに対する損害賠償事件となった。

解雇となると、当然日本人社員たちは抵抗し、労働争議に発展した。この労組の要求もめちゃくちゃの一言だった。「解雇を撤回し、謝罪したうえで6カ月分の給与と1億円の解決金を支払え」こんな要求を飲む会社などあるはずがなかった。今なら会社側が裁判所に申し立てて全面対決のうえ、労組が負けるだろう。第一、連合も支持などしないだろう。

このようなことになったのは、塩谷氏によれば、リーダーズダイジェストには人事査定の制度がなかったことだという。米国本社の主張は、リーダーズダイジェストは全社員が経営陣であるという。このため、日本以外の各支社には労働組合が存在しない。社員で利益を分け合うという考えだが、これは共同体である。このような仕組みは、社会主義国もしくは日本の村落など何らかの限定的な社会でのみ成立する。リーダーズダイジェストのようなグローバル世界を相手にするような企業では成立しない。リーダーズダイジェストは、共産主義に反対しながら、その実は自ら社内に共産主義を構築していたのだ。

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