第9話

 あたしは学校に着くなり、部室に直行して長机に突っ伏した。

 今朝の谷原クンときたら、めちゃくちゃ手強かったわ。「間に合ってます」とか、「結構です」とか「僕は話はありません」とか。目も合わせてくれやしない。流石のあたしも、若干心えぐられちゃったわよ。

 あたしは突っ伏した姿勢のまま、スクールバッグから取材帳を取りだした。オレンジ色は元気が出るっていうから買った、このメモ帳。今は目にうるさいだけで、何らパワーなんて湧いてこない。

 表紙に向かって舌打ちしてみたけど、メモ帳が「すんません」と謝ってくれるわけではない。もし謝ってきたら、あたしは即刻、今月のネタを谷原クンから、百円均一で購入した、この奇跡のメモ帳に切り替えるよ。

 いかん。思考がお空を飛び始めているわ。現実を直視せねば。

 収集中のネタのページには常時ペンを挟んであるし、付箋も付けてある。だから、今メモ帳を開いたら必然的に谷原クンネタのページにあたる。

 改めて見てみると、集められた情報は少なくて、殆どが使えそうもないクズネタばかりだった。直視した現実は、直視した事を後悔したくなるほどに厳しい。

 こんな調子じゃ、今月は原稿の提出さえ危ういわ。なんてこったい。

 ……誰もいないし、泣いてやろうかしら。

 とりあえず、現実的に鼻水を嚊むためのティッシュを探そうと顔を上げて視線を巡らせたら、部長机の上にある、原稿の回収箱が目にとまった。箱は『ボツ』『採用』『提出用』の三つ。あたしは『採用』の箱に原稿が入っている事に気付いて、飛び起きた。

 こんなに早く採用だと! 誰よ。どいつがそんな面白い原稿を?

 殆どつかみかかる勢いで採用箱から原稿を取りだしたけれど、その原稿の正体が判明して、あたしは一気に脱力した。

 こ・い・つ・か~!

☆今月の星座ランキング☆

 毎月恒例のシリーズものだ。二年だからって、こんなク××タレな記事が掲載されるなんて許せない。だって、そこら辺のファッション雑誌からそのままパクってきた代物でございますよ。ファンシーに☆なんか散りばめよってからに!

 自分が不調なだけに、今日はこの☆が余計、癇に障る。あたしは怒りを込めて、その原稿を『採用』箱にぶち込んで戻した。

 同じシリーズものなら、いつも隣に掲載されてる『~番長シリーズ~』とかいう、助詞の使い方がまるでなってないド下手な青春小説の方がマシだわよ! 大体、一年の記事スペースが一枠だけって、どういうこと? 二年は二人に一つ分。三年なんかは個別にスペースをもらってるのに! 横暴だ! 学年差別だ! 権利濫用だ! 

 ヒエラルキーなんて要らないわ。紙面の上では、皆が平等であるべきよ。学校新聞に必要なのは、自由! 平等! 客観性! そしてユーモア! 違いますか!

「勝ち取りましょうよ。自由と平等の一面を……!」

 気分は、フランス七月革命の『民衆を導く自由の女神』。あの絵みたく胸まで放りだす気はないけど、手には国旗と銃の代わりに、このオレンジ色のネタ帳とペンを持って突き進んでやるわ。

「今にみておれ。谷原愁一郎」

 誰がセールスマンお断り的な拒絶文句なんぞで引き下がりますかってーの。あんな君らしくないやり方、ずっと続けられるとは思えないね。あたしの執念深さと持久力の高さを、とくと思い知らせてやるわ。

 うふふふ……と独り、仁王立ちで笑う。

 勢いがついたところで、あたしは更に運気を味方につけようと、さっき『採用』箱に放り込んだ先輩の原稿を再び手に取った。

 うお座、うお座、うお座。

「……」

 うお座。十二位。思いもよらぬハプニングに見舞われ四苦八苦。無茶な行動は控えましょう。ラッキーアイテムはミネラルウォーター。

「だぁっ!」

 あたしは再び、☆今月の星座ランキング☆を箱に投げ入れた。

 占いなんか関係あっか! 幸運は己の手でつかみ取るものなのだ! 

 でもとりあえず、ミネラルウォーターは買っておこう。


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