第7話
ところが名取さんは、僕が予想していた以上に強敵だった。
「全然よしじゃなかった」
「え、なんだって?」
「なんで僕と弁当食べてるの。名取さん」
僕が決意を固めたその日の昼。四時間目終了のチャイムが鳴るなり、当然のように僕の前で弁当を広げて食べだした名取さん。あまりに自然だったから、なんとなく放っておいてしまったんだけど、一緒に食べようなんて約束は、断じてしていない。しかも女子みたく一つの机で向かい合わせにして。絶対もの凄く変な絵面になってるよ、これ。
「あらー。谷原クン、今日は購買のパンなのね。いつもの美味しそうなお弁当は、どうしたのかにゃ~?」
眼鏡をかけたまんまる猫みたいな人が、招き猫のポーズで首を傾げる。
あーそうですか。質問への答え以外は僕のコメントは無視なんですか。
僕は、苛立ちに任せてカレーパンの袋を破り、中身にかぶりついた。
今朝、名取さんは電車を降りるなり、オレンジのメモ帳とペンを片手に、僕への付きまといを始めた。メモ帳には僕への質問項目が、ずらり。それからはずっと、取材という決定的な単語は口にせず、ひたすら質問攻めだ。
「どうして髪伸ばしてんの?」
また質問ですか。
「長いほうが便利だから」
「え? 短いほうが楽なんじゃないの?」
「括れば視界が開けるし、髪も落ちないからね」
「
右手を箸からペンに持ち替えた名取さんは、箸の先を咥えたままポケットからメモ帳を取り出し、解答に対する解釈を書きこんでゆく。
「名取さん。行儀悪いです」
注意すると、名取さんは無言で箸を口からひっこ抜き、弁当箱の下に敷いているランチクロスの上に置いた。
「ちなみにさ。髪を切ると痛い、なんてことはないよね?」
メモをとりながら確認してくる。
毛包周囲神経腫? それとも帯状疱疹? どういう理由で僕はそんな病の疑いをかけられてんの? あ、違う。この人は、実際僕の髪に神経が通っているかどうかを訊いてるんだ。
「僕はメデューサじゃありません」
ちょっと睨み気味で返すと、名取さんは「デヘヘ」と笑った。
「じゃあさ、時々食べてるジャムパンは谷原クンの手作りって本当?」
すかさず次の質問に移る。
ホントめげないなあ、この人は。サンドイッチの袋を開けながら、僕はため息をついた。昨日の午後、名取さんに初めて取材依頼をされてから、何度こうやって憂鬱を呼気に変えたか分からない。
「どうしたの顔くらいよー? 嫌なことがあった時は、笑うのが一番!」
そう言って、あははははは、あはははは、と名取さんが手本を見せてくれる。残念なことに、彼女の道化にたまりかねて吹き出したのは僕ではなく、ずっと聞き耳を立てていたらしいクラスメイト数名だ。
僕はといえば、更にしかめっ面になって卵サンドを咀嚼した。
勘弁してよ。自覚してよ。誰のせいで暗いと思ってるんだよ。
体育祭の時に木村先輩の捻挫を治したのが良くなかったのかな。あれから、僕を見る皆の目がちょっと変わった気がする。だけど先輩、痛そうだったし。捻挫くらいなら静脈を流して関節を絞めてやれば簡単だったから、つい手を出しちゃったんだよね。ああでも、もし捻挫治療のエピソードなんかを新聞に載せられて、それをハンターに見られたら、それだけでもヤバイかも。
勿論、付きまとわれるのが嫌ならそう伝えるべきだし伝えてるはずなんだけど、名取さんは全然へこたれてくれない。「デヘヘ」って笑って誤魔化す。
だからきっと午後からも、デヘヘ笑いで僕の拒否拒絶をかわして、放課後まで可能な限り僕につきまとい、挙句の果てに「明日もよろしくね」とか言って帰り際に手まで振ってくれるに違いないんだ。
これはよろしくない。実によろしくない。
これはもう誰かに相談をしてでも、効果的な撃退法を見つけないといけない。
一番建設的な回答をくれそうな父さんは、残念ながら除外だ。不老長寿薬の断薬治療は施術師の神経と体力までべらぼうにすり減らすから、なるべく邪魔はしたくない。かといって、族長に相談しようものなら、実現不可能な怖い回答が返ってきそうだし。真知さんだと、余計な心配をかけてしまいそうだし。
となると……今のところ、あいつしかいないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます