第4話トゥーオプションズ
「ふん。貴様がキャサリンの息子か。案外、汚らしい子どもだな」
気難しい老人――それが祖父、ビル・ロバートソンの印象だった。
真っ白な口ひげとあごひげを長く伸ばしている。頭髪は若干薄いが、顔のしわは渋さを強調していて、厳格さを増していた。そんな祖父と大広間で大きな机を挟んで座って話す。わしの隣に控えているビクター――さん付けはやめてほしいと言われた――はやや緊張の面持ちをしている。
ロバートソン家はそれなりに大きな屋敷を持つ貴族だったが、あまり権力を持ち得ていなかった。ビクターの話によると地方を治めるイーガン家の家臣のようだ。ま、領地は持っているが、さほど大きくはない。弱小貴族と言ったところか。
さて。わしはこの頑固そうな祖父に気に入られなければならない。ビクターの話によると跡継ぎにイーガン家から養子をもらおうとしているようだ。それは阻止せねばならぬ。
はっきり言えば弱小貴族など継ぎたくはないが、それでも平民という身分でなくなる。前向きに考えれば悪くないと思う。当初の目的であるグリード王国の国王に少しでも近づけるからだ。ま、千里の道を一歩だけ進むようなものだが。
「わしはお祖父様に会えて良かったと思います」
「裕福な暮らしができるからか?」
「それもありますが、なにより自分に祖父がいたことが嬉しいのです。そしてその方はご立派な貴族です」
まだ祖父の人となりが分からないので、性格を褒めるわけにはいかない。現在、己で分かる範囲で称えることが肝要だ。
「口は上手いな。それは天性のものか? お前の父親、ジムは口下手だった」
「生憎、父から教えられたのは勇敢さと家族愛ぐらいです。しかしその二つはわしにとって大切な宝物です」
「ほう。あまり役立つとは思えないが」
「勇敢さが無ければ、こうして初対面のお祖父様と話すことは叶いません。そして、家族愛が無ければ――お祖父様を敬愛することができません」
「……誰からそのような弁舌を習った? 口から先に産まれたとしか思えん」
感心、というよりも戸惑っている祖父に「足から産まれたら逆子ですからね。そんな親不孝なことはできません」と笑ってみせる。
「それに平民として生まれたので、口八丁手八丁を身に着けなければ生きていけなかったのですよ」
「そこで敢えて聞く。キャサリンを勘当したことを恨んでいるか? わしがジムとの婚約を認めていれば二人は死なずに済んだ……そう思わないか?」
これは……罪悪感なのだろうか? 無論、わしやアイラではなく母ちゃんに対してだとは思うのだが。
「もしもの話をしても仕方がありません。母ちゃんは死んでしまったのですから」
「質問の答えになっておらん。恨んでいるのかと訊いているのだ」
誤魔化せないなと感じたので「無いと言えば嘘になります」と答える。
「ほんの少し、母ちゃんとお祖父様が歩み寄ってくれたら……今も笑って暮らせていたと思うとやるせないです」
「…………」
「だけど、こうしてわしとアイラを引き取ってくださった。路頭に迷うしかないところを救ってくれた。とても感謝しております」
祖父は何を考えているのか、わしの顔をじっと見つめていた。目を逸らさずに返すと「よく正直に言ってくれたな」と静かに言う。
「ならばわしもはっきりと言おう。キャサリンの子供ではあるが、同時にジムの子供であるお前のことを大事にできるかのは分からん」
頑固者らしい言い方だ。
それに複雑なのだろう。わしは愛した娘と憎んだ男の子供なのだから。
「わしのことを大事に思わなくても、アイラのことだけは大事にしてやってください。妹はお祖父様の保護が無ければ生きていけません」
「お前はいらんのか?」
「ずうずうしいと自分でも思いますが、家名を名乗る許可をいただければ一人で生きていけます。元々、軍に入隊する予定でしたので」
我ながら潔い姿勢だとは思う……しかしこれは計算でもあった。
お祖父様の性格を考えるとこういう言い方をすれば、何らかの支援をしてくれるはずだ。
貴族と言えども、公家ではなく武家の性質を持っていると今までのやりとりで感じ取っていた。
「……ふむ。ではお前に軍以外の選択肢を与えておこう」
祖父は自身のひげを撫でる。
そしてビクターに目配せした。
ビクターはわしの前の机に二つの紙を置いた。
「字は読めるか?」
「母ちゃんが教えてくださったので読めます」
「一つはイーガン家の官僚として生きる道だ。いわゆる政治を行なう。初めは領地経営の雑務をするが、お前の働き次第では出世できる。具体的には官僚団の首席だな。悪くてもイーガン家のご子息の補佐を任されるだろう」
平凡に暮らそうと思えば悪くない選択肢だろう。
それに内政などは戦国乱世で経験がある。
他の官僚に負けない自信がある。
「もう一つは軍学校に入学する道だ。卒業後は尉官に任官する。これも働き次第では佐官にも出世できる。平民として入隊するよりも高待遇で迎い入れられるだろう」
説明を受けた後で紙をじっと見る。
官僚になる誓約書と軍人になる入学願書だ。
「どちらを選んでも良い。その選択をわしは支援しよう」
「……どちらも魅力的ですね」
この二つの選択肢を見る限り、わしにロバートソン家を継がせる気がないということだ。
お祖父様の補佐をしつつ跡継ぎの修行をさせる道もあるが……それを提示されなかったのは、つまりそういうことだ。
「分かりました。軍学校に入学させてください」
「即決するとは驚きだな。まだ悩む時間はあるのだぞ?」
「官僚も惹かれますが、軍人への憧れは捨てられませんね」
「ジムの影響か? ふん、やはりあやつの子供だな」
酷く冷めた声音だった。
わしは「誇りでもあります」と肩をすくめた。
「それとアイラはどうなりますか?」
「大切に育てる。あの子はキャサリンに似ているしな」
「もしかして、イーガン家の子息と婚約させるつもりですか?」
わしならばそうするだろうなと思ったことを口にすると「……口先だけではなく、頭も切れるようだな」とやや目を細める祖父。警戒されたと分かったが言わずにはいられなかった。
「あの子をどこに出しても恥ずかしくない淑女に育てる。そして十五になったら婚約させる」
「アイラにその話をしましたか?」
「まだだ。それがどうかしたか?」
「わしから話しましょう。きっと他の者が言ったら泣いてしまうでしょうから」
「お前だったら泣かずに済むのか?」
「お祖父様の言うとおり、口だけは上手いですから。それに――孫の泣く顔など見たくはないでしょう?」
祖父は口を真一文字にした。
顔が青ざめたところを見ると図星らしい。
「できればアイラを幸せにしてくれる方が良いのですが……望みが高すぎるのでしょうね」
「お前の役目ではない。イーガン家の子息の役目だ」
「分かっております。しかし願わずにはいられないのです」
わしは席を立った。
もう話は済んだと思ったからだ。
「待て。お前に一つ言い渡すことがある」
「なんでしょうか?」
座り直すと「家名を名乗ることを許可する」と祖父は威厳を込めて言う。
「今日からお前はモンキー・ロバートソンだ」
「ありがたく頂戴いたします」
「それと十五歳となるまで屋敷で住んでいい。そして二年後に軍学校に入学しろ。それから――」
祖父は言葉をいったん区切って、それから早口で言った。
「アイラと一緒に過ごしてやれ」
「…………」
「わしはお前とあの子を幸せにできない。ならばせめて、お前だけは妹を幸せにしてやってくれ」
本当に頑固者だなと思いつつ、わしは笑顔で応じた。
祖父に見せる初めての純真な笑顔だった。
「ええ。お任せください。アイラのことも、わし自身のことも」
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