モンキー・ストーリー ~豊臣秀吉が異世界で国王になるため人使いの才能で成り上がるそうです~

橋本洋一

第1話プロローグ

 わし、豊臣秀吉が死んで一年が過ぎようとしていた。


 今は極楽……そう言っていいのか分からんが、とりあえず地獄ではないところで暮らしている。下男も侍女もいないが、小綺麗な屋敷で晴耕雨読の生活を送っている。あれだけ嫌だった農作業に勤しんでいるのは、それしかやることがないからだ。


 極楽では空腹も満腹もしない。食べたいときに食べられる。睡眠も同じだ。寝たいときに寝られるのはある意味幸福なのかもしれない。しかし、怠惰に毎日過ごすのは三日で飽きる。人間、働かないと身体と心が腐っていく。だから他の極楽の住人が行なうように畑を耕して作物を育てている。


 しかしそれにも飽いてきた――そんなときだった。わしが屋敷の縁側で休憩していると「失礼します。豊臣秀吉さんですか?」と女が入ってきた。なんとも美しい女だ。艷やかな髪を腰まで伸ばしており、少し痩せている。極楽の住人のように簡素な服を着ていた。


「ああ。わしが豊臣秀吉だ。そなたは何者だ?」

「私は女神アルティアといいます」


 南蛮人のような名前だなと思った後、アルティアの目が金色であることに気づく。わしは「昔、上様から聞いたのだが」と切り出した。


「南蛮の国の神はきりすとという男のはずだ」

「私は南蛮の国の神ではありません。あなたのいる世界ではなく、異世界の神なのです」

「いせかい? ……伊勢神宮のか?」

「違います。違う世界の神なのです」


 アルティア曰く世界は三千以上あり、その一つの世界の神が彼女らしい。よく分からないが、少なくともわしに会いに来るような身分ではないだろう。なにせ神なのだから。


「実は……あなたに頼みたいことがありまして」

「人間のわしに頼みたいこと? まあ言ってみよ」

「私の世界の――ある王国を滅ぼしてほしいのです」


 突拍子もない頼みだった。

 いくつか疑問が生まれる――神ならば人間の国を滅ぼすのも容易いはずだ。それにアルティアにとって異世界の住人であるわしに何故頼むのか……


「その王国――グリード王国は私への信仰心を失いました。そのせいで私は世界に介入する力を失いつつあります。加えて王国は世界を征服すべく軍を拡張しております」

「ふうむ……信仰を失うと力が発揮できなくなる……」

「私はあなたの世界の神と親しい間柄でしてね。あなたならば必ず王国を滅ぼしてくれるとお墨付きをくれました」


 国を滅ぼすのは上様――織田信長公のほうが得意だと思うのだが、そこはどうなのだろうか?

 わしは思いついた疑問を述べた。


「織田信長……その方の名は上がりませんでした。しかし私に残された力を考えると、あなたが適任だと言われたのです――下剋上の天才であるあなたがね」

「……つまり、成り上がれと言いたいわけか」

「そのとおり。あなたを異世界へと転生させるにはいくつか制約があります。まず、グリード王国の民であること。そして、生家が貧しいこと」


 いささか理不尽に思えたが、わしに白羽の矢が立ったのは理解できる。

 貧しい出で天下人になったわしならば……グリード王国とやらを滅ぼせると踏んだのだろう。


「お願いします。どうか、世界の平和のために、王国を滅ぼしてくれませんか?」

「……少し、条件を変えさせてもらえるか?」


 アルティアが頭を下げるのを見つつ、わしは――自分が笑っているのに気づく。

 死んで面白みのない生活を送るよりも楽しいことを見つけてしまった。


「たった一人で王国を滅ぼすのはできぬ。しかしだ、そなたの要望を叶えることはできる」

「それはどういう意味ですか?」

「わしが国王になって信仰を回復させればいい」


 この申し出にアルティアは驚いた顔になる。

 神も驚くのかと逆に驚いてしまう。


「そのようなことは可能なのですか?」

「ああ。わしは豊臣秀吉だ。できないことはないだろう」


 アルティアはしばらく考えていたが、出た結論としてはそれでもいいということだった。

 アルティアにとって、グリード王国の世界侵略の阻止が重要なのだろう。

 そしてもっと重要なのは自分の力が無くならないことだ。神もまた利己的なのだな。


「それともう一つ。わしが王国を獲ったら願いを叶えてくれ」

「願いですか? それは何故?」

「そなたは何の見返りも無しにやらせようとしたのか?」

「それは……すみません。考えていませんでした」

「わしの願いはそのときに言う。今約束してくれ」


 アルティアは「まあいいでしょう」と頷いた。

 わしは笑みを見せずに「それでいい」と言う


「ではさっそく、異世界に転生してくれ」

「分かりました。それではあなたを私の世界、グリード王国に転生させます。女神の加護を付けてね」

「女神の加護?」

「信仰心の薄まったグリード王国では何の力も発揮できないかもしれませんが……」


 アルティアが手をかざすと、黄色い光がわしを包む。

 よく分からんがもらえるものはもらっておこう。


「それでは頼みましたよ。下剋上の天才、成り上がりの申し子――豊臣秀吉」



◆◇◆◇



「おい、モンキー! さっさと荷物を運べ!」

「へい、かしこまりました」


 それから十三年後。

 アルティアの導きで異世界のグリード王国に転生したわしは今、大工の下働きをして生活をしていた。名前はモンキーだ。

 貧しい家の出とはいえ、十三才から奉公しなければならぬのははっきり言ってつらい。

 しかし金を稼がなければならぬ事情がわしにもあった。


「今日の給金だ。大切に使えよ、モンキー」

「へへ。ありがとうございます」


 大工の親方から給金をもらい、真っ先に帰路に向かう。

 寂びれた家々が並ぶ通りを走って、その中でもみすぼらしい家に入る。


「ただいま。母ちゃんの具合はどうだ?」

「あ。兄ちゃん。おかえりなさい」


 きしきしと音を立てる床。

 隙間風の通る壁。

 大工のところで働いているのに、何とも情けない家に住んでいるなあと思う。


「母ちゃん、今は苦しくないみたいだよ。ぐっすり寝てる」

「そうか。ありがとう、アイラ」


 わしはこの世界の妹、アイラの頭を撫でる。

 猿顔のわしに似ない、美しい顔立ちだ。服もまたほつれのあるものだが、着飾ればどこに行っても恥ずかしくない容姿をしている。髪はわしと同じ赤毛だった。


「今日は給金が多めに出たぞ。久しぶりに美味しいものでも食べよう」

「ホントに!? やったあ!」

「母ちゃんにも卵入りの粥を作ってあげよう」


 その日暮らしの貧乏生活だが、一つだけ希望が見えている。

 グリード王国の法で、後二年したらわしは軍に入れる。

 十五の誕生日まで歯を食いしばって生きるのだ。

 軍に入れたら大工の下働きより多くの給金が手に入る。

 母ちゃんやアイラに楽にしてやれる。


 はっきり言って、アルティアの頼みよりも二人を守ることが大切だった。

 それは死んだ父ちゃんとの約束でもある。

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