第21話 オベロン

「へえ、単なるおバカちゃんかと思ってたら、そういうわけでも、ないんだね。

……やっぱり血筋のなせる業かな?」


 パオロさんだと思っていた男は、奇妙な笑みを浮かべた。


 ――その声は、もうパオロさんのものではなくなっていた。



「でも、今後のためにちょっと教えてくれるかな?

僕の変身は完璧だったはずなんだ。声はもちろん、仕草も、髪の毛一本まで忠実だ。

でも、ティト。なんで君は僕がパオロさんじゃないって見破れたのかな?」



「……最初におかしいと思ったのは、ナッツのクッキーです」


 俺は言った。



「クッキー?」


「パオロさんはナッツのクッキーが大好物なんです。いつも人の分まで食べちゃうくらいで。

それなのに、俺が勧めてもあなたは手を伸ばそうとしなかった」


「そうなんだ! 僕はいまダイエット中なんだ。スリムな身体が自慢でね! それが裏目に出ちゃったみたいだね。

……それで?」


 楽しげな表情で、俺に続きを促す。



「確信したのはシナモンティーです。

パオロさんはシナモンが大の苦手で、シナモンロールのお店の前を通るときは、いつも息を止めているくらいなんです。

それが……、俺がいれたシナモンティーをいい香りだ、って言って、あなたは飲んだ。

首に下げてるロケットの話は、嘘です。ごめんなさい、あなたにカマをかけたんです」


「ふーん、じゃあ君は僕を試したってわけだ!

ははっ、おとぼけなフリをして、なかなかどうして策士じゃないか。すっかり引っかかっちゃったよ!

さすがの僕でも、パオロの好みまでは把握してなかったな……。にしても、シナモン嫌いなやつなんて、いるのかよ!? こんなに素敵な香りを理解できないなんて勿体ないヤツ……。

はー、じゃあやっぱり、フォンターナのほうに化ければよかったなあ。

でも僕、ああいう粘着質な男って嫌いなんだよねえ」



 次の瞬間、部屋の中だというのにつむじ風が巻き起こった。




「わあっ……」


 思わず俺は風を避けるように両腕で顔を覆った。


 風がおさまり、俺が目を開けると、俺の目の前には見たこともない若い男が立っていた。



 いや、それは「男」と言えるのだろうか?



 その男の耳は長く尖っていた。そして、何より目を引くのは、背中から生えた蝶のような大きく美しい羽――。



 プラチナブロンドの髪は肩のあたりで切りそろえられており、よく動く紺色の瞳は、まるでいたずら好きな少年のようだ。


 優美で端正な顔立ち。


 王子様のようなフリルのついた色鮮やかな衣装は、彼をとても子供っぽく見せている。


 だが――、おそらく実年齢は人間からは想像もつかないほど上だろう。





「あなたは……、エルフ?」


「うーん、まあ、間違っちゃいないけど、どっちかっていうと『妖精』と言ってもらいたいなあ」


「妖精?」


「うん! 僕はオベロン。君の親類だよ!」


「嘘だ!!」


 間髪入れず、俺は言った。



「俺の親類に、アンタのようなおかしなのはいない!」


「うわっ、傷つくなあ! 僕はこんなに美しいのに!」




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