第18話 二人の関係性

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『昨日は、悪かったわね。暴走しちゃって!』


「……え!?」


 俺は驚きのあまり、言葉を失っていた。



 ――まさか、あの、誇り高き魔剣『イラーリア』が謝罪の言葉を口にするなど!!




 俺は恐る恐る、その豪華な装飾が施された鞘に手を伸ばした。



「イラーリア、さん。もしかして、昨日のあれで、どこかおかしく……」


『なってないわよっ! ったく、ほんと馬鹿な子なんだからっ!!』


 彼女の怒りに触れてしまったのか、『イラーリア』は俺のベッドの上でガタガタ揺れた。



「あっ、ハイ! もちろん、そうですよねっ! イラーリアさんは、どこもおかしくなんて、ないのです!!」


『……ったく、アンタって本当に……、もういいわ。今日はちゃんと部屋で大人しくしてなさいよ。フラフラ出かけて我が主を煩わせたりしたら、承知しないんだからねっ!』


「はい、ちゃんと、わかって、おります」



 『イラーリア』は本当にファビオに忠実な魔剣だ。そもそも魔剣というのは、扱いが大変難しいものらしい。所持していても、主人として魔剣に認められなければ、裏切られて負傷したりする危険もあると聞く。


 そして、俺とのやり取りからも分かる通り、『イラーリア』は大変気位が高い、お姫様気質の魔剣である。だがその彼女もファビオの前では、借りてきた猫のように大人しく、可愛らしくなってしまう。ファビオの偉大さは、魔剣ですら魅了してしまうのだろうか……?


 

 その時俺は、ふとあることを思いついた。


 ――『イラーリア』なら、ファビオのことを俺よりもずっとよく知っているのではないだろうか?




「あの、イラーリアさん、ちょっと教えてほしいことがあるんです」


 ベッドの端に座った俺が切り出すと、『イラーリア』はフンと鼻で笑った……ような気が、した。



『まあ、私を褒め称えるのであれば、教えてあげないこともなくてよ』


「はいっ、イラーリアさんは本当に素晴らしく、美しく強く、清らかな魔剣ですっ!」


 俺は両の拳を握りしめる。



『……フン、しょうがないわね。それで聞きたいことってなんなわけ?』



「ファビオ様とオルランド様のことですっ!」


『我が主ファビオ様はともかく、あの下種のことについては私に聞いても無駄よ!』



 『イラーリア』はなぜか、オルランドのことを「下種」と呼んで毛嫌いしている。だが、もしかしたら、それもこれも、崇拝するファビオがオルランドと恋仲だからなのではないだろうか? そうだ、おそらく『イラーリア』はオルランドに激しく嫉妬して……!


 ――考えれば考えるほど、二人が恋人同士であるという俺の見立ては間違いないという気がしてくる。




「あの、あのですね! ファビオ様とオルランド様の関係性、というか、そういうことについて、なんです」


『ハァー? 関係性ぃ?』


 明らかにやる気のない返事。だが、ここで引き下がる俺ではない!



「あの、その、つまりは……、ですね、お二人は要するに、恋愛的な、その、感情を……」


『ハァー? なにそれ? アンタそれ、今頃言ってるわけ?』



 『イラーリア』の返事に、俺の身体は震えた。



「や、や、やっぱり! やっぱり、そうなんですよね。お二人は、つまり!」


『あのねぇ、アンタってやっぱり相当な間抜けね! あまりにぼけーっとしてるから、もしかしたら演技? 魔性? とか勘ぐってた私が馬鹿らしいわ……』


 大きなため息が聞こえてきそうである。


「俺、昨日の件で、確信したんです! 二人はやっぱり!」


『やっぱりって、どっからどう見ても、最初っからバレバレだったでしょうが! まあ確かに昨日のキスで気づかなければ、アンタの頭の中には、脳みそじゃない何かが入っているとしか考えられないでしょうけどね!』


「俺、実は、それまで、全然、まったく、気づいていなくて……。ど、どうしたらいいんでしょう!? 俺っ、ファビオ様とオルランド様に今まですごいご迷惑をっ!!」


 俺はすがりつくように『イラーリア』の鞘に手を伸ばす。



『はあー、我が主も苦労するはずだわよ。よりによってなんでこんな子を……』


「あの、イラーリアさんは、いつ頃から、ご存知で?」


『はじめからよ! 決まってるじゃない。言っとくけど、周りで気づいてないのなんて、アンタくらいなんだからねっ! ほら、朝に集まってるあのブスたちだって、口には出さないけど、ファビオ様とあの下種の気持ちにはだいたい見当がついているに違いないんだから! だからアンタは、毎朝毎朝、ああやってブーイングされてるんでしょうがっ!!』


「そう、だったん、ですね……」


 俺は愕然とした。



 ファンクラブと親衛隊の女生徒たち……。


 あの女の子たちは、ファビオとオルランドという完全無欠のカップルのお邪魔虫として、俺をあそこまで毛嫌いしていたのか……。




『で、もちろん、アンタは我が主を選ぶんでしょうね?』


「え? 選ぶ? 選ぶってどういう……」


 イラーリアに再び質問をぶつけようとしたところで、部屋の扉がノックされた。




「おーい、ティト。俺だよ。パオロだ! 開けてくれっ!!」



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