第17話

 天井がないドームのようなレンガ造りの建物に貴族や役人、使用人たちが集まる。

 

「この決闘、何が賭けられていると思います?」

「絶対に王座でしょう」

「マリアンヌ様だったりして」


 会話に花を咲かせている令嬢たちの遥か後ろ。全体が見渡せるような席にマリアンヌに案内された。


「なんの集まりですの?闘技場だなんて」 

「黙って見てればいいのよ」


 なんなのよこいつ。


 ベルにこの呪いの指輪をはめられて数週間が経った。少しづつわかってきたことがある。ベルに命令されたら意思と反しても従ってしまうこと。その効力はベルと近ければ近いほど強くなり、時間が経てばたつほど大きな命令が私に効いてしまう。そしてベルと離れているほど、私の自由が取り戻されることが今わかった。


 そしてこの指輪は大聖女からのお告げによれば主従関係の契約に近いようで、私の中に眠っている強い光魔法で呪いを浄化するか、主からの契約破棄しかないようだ。


 この忌々しい指輪をはめてきたベル本人は、闘技場の中心に剣を持って誰かを待っているようだ。

 

 この指輪をはめられてからというもの好待遇で何をするにも侍従がついて回り、危ない行為、城の外になんて行こうものならベルがすっ飛んできて出ないように命令される。抗うすべがない私の娯楽は嫌いなマリアンヌとの会話くらいしか残されていなかった。


 マリアンヌについて今のうちにいろいろ聞きだしてやろうかと思っていたのだけれど、肝心なことは何一つ話してはくれなかった。だが、諦めるわけにはいかないと根気強く、状況が変わるごとに目的は何か探っている。

 マリアンヌは私の目的に気づいていそうだけど、アイザック殿下もいろいろとしてくれているようですし負けるわけにはいきませんわ。


「ねえ、マリアンヌは何がしたいの」


 人差し指を唇に当て、んーと上の方を見る。

 

「この決闘で物語が進みそうですから、イルローゼ様には私の心中をお話ししますね」

「私、ベルと結婚したいの」

「それは知ってるわ」

「でも、王妃になるなんてもってのほか、貴族社会に所属したくないの」


 地位にしか興味がなさそうなこの女が、貴族社会に居たくないですって?


「マリアンヌ、あなたもしかして――」


 私を虐めていたのはベルを貶めるため――!?

 ベルの醜態をワザと晒して名誉から人望に至るまですべて地に叩き落として王座から遠のかせようとしているってわけ!?

 呪いの指輪まで使ったことが世間にばれたらベルは本当に処罰されてしまう。

 待って、この決闘でベルが負けたら呪いの指輪の契約破棄がされるってことよね。懸け物が勝負が決まった時に審判が口にすればベルは、呪いに手を出す馬鹿王子。そんなこと国王になる人物として見据えることなどできないと貴族の反感を買うわ。

 運が良くても国外追放、最悪は打ち首か公開処刑でしょうけど……。

 

 え、ということはベルの負けは確定してるってこと?嬉しくもあるが、私の所為で死人が出たとなれば心に靄が残ってしまう。


「さぁ、始まりますよぉイルローゼ様」


 聞きたいことを聞く前に、マリアンヌの言葉と湧き上がる感性で言葉がかき消されてしまった。


「ア、アイザック殿下!?」


 驚きのあまり前のめりになってそう叫んでしまった。

 

 ベルの正面の位出入り口からアイザック殿下がさっそうと現れた。随分とお互い軽装で、白いシャツに腰まである黒のトラウザーズを穿いている。互いの件はすでに鞘から抜かれ、ベルの方は鞘すら見当たらない。

 その後ろから続いて審判の役割を果たす人物なのか、この場を取り仕切り始めた。


「これから決闘を始める!」

「決闘!?」


 またも私は立ち上がり叫んでしまった。

 隣に座るマリアンヌを見下ろせば顔色一つ変えることなく達観している。あなたの結婚相手がこの決闘で手負いになるかもしれないのになんでこんなに平然としていられるの。


「なんの決闘か知りませんけど、私止めて来ますわ」

「この決闘はアイザック様がお決めになったことです。止めるよりここで決着をつけた方が一番安全ですよぉ?」


 アイザック殿下がベルに決闘を申し込んだってこと?何のために?


「お迎えは黙って待っていませんと、はしたないですよ?」

 

 マリアンヌにこんなことを言われるのは癪だわ。

 迎え、アイザック殿下が迎えに来てくれるということ?あの時アイザック殿下が迎えに行くと言ったのはもしかしてこの決闘に勝って、ベルがはめた呪いの指輪から私を解放してくださるということ?

 じゃあこの決闘で賭けられているのって……私?

 

「どうにかして手助け出来ないかしら……」


 そんなことを考えていると、審判のおじさんが両社の顔を心配そうに交互に見る。


「お二人とも、準備はよろしいですか」

「僕はいつでも?」

「俺だって……」

「では……」


 審判は後ろで組んでいた手を外し、右手を二人の中心に差し出した。


 私は息をのんだ。

 あれは木剣なんかじゃない。お互い本気なんだ。


「始め!!!」


 その声と同時に審判は右手を大きく上に振り上げ、瞬時に二人から離れた。


 審判を一瞬見ていただけなのにいたはずの場所に二人の姿はなく、砂ぼこりだけが舞っている。


 見ている観客たちは考えることなく剣のぶつかり合う音が聞こえてくる度に歓声を上げる。剣が風を切る音、地面にぶつかる音、剣同士がぶつかり合う音が聞こえる。当の本人たちは砂埃で見えづらい。

 一瞬見えるアイザック殿下とベルの顔は王子らしからぬ顔をしている。お互い闘争心に燃え、眉間に皺が寄っている。


「アイザックーー!!」


 私怨に満ちた声でベルがそう叫ぶ。


 どうしよう……アイザック殿下が死んじゃうかもしれない。

 何とも言えない焦燥感が心の中で沸き立つ。手に汗握る戦いで、今も二人は互角に剣を握り続けている。

 

「膝をついた方が負けでいいじゃない!!」


 そうマリアンヌの肩を力強く掴みながら言う。


「審判が危険だと判断するでしょうから黙って見ていましょうよ~」


 何も考えていないような笑みを見せる。マリアンヌはベルが死ぬと思っていないわけ?でも、ベルは負けるのよね。致命傷にはならないってこと?それとも別の何かなわけ?


「ベル!アイザック殿下!おやめください!」


 私は喉が枯れそうなほど大声で名前を呼んだ。聞こえているかわからないけど、聞いてくれていると信じて。


 アイザック殿下はピタリとベルに向かっていた剣が止まる。

 血気盛んな雰囲気とは一変アイザック殿下の周りに花が見えそうになるほどニコニコと笑っている。

 ベルは一瞬こちらを見て止まったがチャンスだと言わんばかりに、こちらに釘付けになっているアイザック殿下に剣をふるった。

 アイザック殿下はニコニコとこちらに手を振っている。剣を持つ手はベルにしっかりと向いているが、ベルが姿勢を低くしてアイザック殿下の間合いに入り込もうとしている。


「兄上……好きな女性の言うことは聞かないと」


 いつの間にかベルは組み敷かれ、ベルの首の側に剣を突き刺した。

 

 

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