第14話

「ふむ、陛下はアイザック様を国王にされるのか?」


 え?怒ってない……?

 恐る恐るお父様の顔を見れば、アイザック殿下といつもと変わらぬ目力はないが覇気のある目で会話している。

 

「……そこまでは聞いておりませんが、私たちは相思相愛ですので」


 アイザック殿下もキリッとした覚悟を決めた人のような顔をしている。いつもより顔を決めている気がしますわ。

 

「娘の夫になるものは王でなければならん。弟が王になる難しさ、わかっておるのだろうな」

「王……?何の話?」


 厳しい目でアイザック殿下を見るお父様は腕を組み鼻を鳴らす。

 今はアイザック殿下と話しているのだと、私を空気のように扱ってそう示す。相変わらず頭の硬さだ。

 

「もちろん、承知の上です。ローゼがいれば何でもできますので」


 アイザック殿下は青い瞳を柔らかく細め、優しく私の頭を撫でる。まるで怖がらないでと言っているようで甘えたくなってしまう。


「はぁ、まぁなんでもいい。私は陛下に従うまでだ。またな」


 カツカツと靴を鳴らしながらお父様はその場を立ち去った。

 私はお父様の背中を眺めていると、殿下に催促されて人気の少ないテラスへ出た。


「わぁ、綺麗ね」


 テラスから見える庭園は水が高く吹き上がる噴水や、綺麗に磨かれた石畳、一寸の狂いもない左右対称の生垣。生垣は迷路のようで私くらいの背丈がありそうだ。

 確か公爵様の亡くなられた奥様が手塩にかけて造りあげたんでしたっけ。遊び心を持たせつつ誰もが綺麗だと思うように計算し尽くされている。

 

「ローゼの方が綺麗です」


 拗ねたように頬を膨らませながら言う。

 何を拗ねているのだろう、前より表情が豊かになって美しいと言うより最近は可愛らしい。

 

「殿下もこの庭に負けず劣らず美しいですし、可愛らしいですよ」


 可愛いと言う単語に不貞腐れている。

 

「じゃあ美しいもの同士隣に並べて置くべきですね」

「ふふっ」


 アイザック殿下は相当私が好きなのね。心がむず痒いですわ。

 

「ローゼは怒られると思って震えてたんですか?」

「え?」


 震えすぎてたのかしら。

 

「半分はそうです。あとは内緒です」

「ふーん。内緒ですか」


 今日のアイザック殿下は子どもみたいだわ。

 殿下は私の後ろに回って、私を逃さないようにハグをする。顔を私の頭に擦り付ける。

 気にしないようにしていると殿下の手が私の顔をぐいっと横に向けさせ、柔らかい殿下の唇が私の唇にくっつく。


「また――!」


 殿下を押すように私は腕を伸ばして離した。

 急なキスに心臓がドキリと飛び跳ねた。

 

「内緒にするなら喋るまでします」

「喋りますから!もう終わりです!」


 多分今は顔は真っ赤になっているに違いない。こんな本当の恋人みたいなことしちゃいけない!

 

「ベル達と同じ土俵に立つのが怖いんです!」

「僕がいるよ?ローゼがどんな立場になってもずっと好きだから」

「うぅ……」


 嬉しいけど、そんなこと言われたらどうしていいかわからない……。


 パーティーも終盤に差し掛かったころ、会場内がざわざわと何かを取り囲むようにして騒がしくなった。

 

「来たみたいだね」


 会場の方を見ながら殿下はそう言った。


「遅刻してくるとはいい度胸だな、叔父さんにしばかれればいいのに」


 人目がなかったら絶対に怒鳴られていたけど、今は沢山人がいるしベルの顔を立てるためにそんなことはしないだろう。

 

「注目を集めたかったとか?」

「それこそ意味が分からない。……いや、あいつらも自分を守りたいのかもしれません」


 殿下は顎に手を当てながら遠巻きに見える二人を見ながらそう呟く。

 

「そんなわけないですわ」

「阿婆擦れの髪。ここから見てもわかるくらい落ちてるし、兄上とドレスの色が違う。難癖付けてローゼを悪者にしようとしてるのかも。兄上も落ちぶれたな」


 想像が豊かなお方だわ、なんて呑気に考えているとベルが声を荒げて誰かを探しているようだ。


「悪者にされたって構いませんわ。あの人たちと同じことをしているんですもの」

「ローゼ……」

「さ!殿下、行きますわよ!」


 私は殿下に手を差し伸べて、会場に向かうように言った。殿下は腕を差し出して、私たちはあの二人が居る方向へ向かった。


「叔父上!遅れてしまい申し訳ありません」


 ベルは片膝を床につき汗を額に滲ませながら大声で謝罪する。

 

「一人の騎士として、遅れがどれだけ恐ろしいものか分かっているのだろうな」


 公爵様が帯剣した剣の柄を力強く握りながらそう言う。

  

「もちろんです!ただ、今回は事情がありまして……」

「言い訳は聞かん。聞かれてもいないのに話すということは貴様の落ち度なんだろうな。早急に帰れ」

「違うんです!公爵様!」


 マリアンヌがみすぼらしい格好で公爵様に近寄る。


「貴様は誰だ……そのような格好で来るとは舐められたものだな」


 公爵様はマリアンヌをギロリと睨む。

 

「マリアンヌと申します!男爵家の一員として公爵様にお詫び申し上げます。しかし!私とベルが遅れたのには理由があるんです!聞いていただけないでしょうか!」


 アイザック殿下の言っていた通り、マリアンヌは確かに男爵令嬢だったのね。


「私のドレスが何者かにめちゃくちゃにされていたのです!」

「お前たち、私の主催するパーティーで晒上げをするつもりか?」

「そんなつもりではありません!確認しようとしているだけです!」


 ベルが必死にマリアンヌを庇う姿は実に滑稽だった。

 

「私……」


 一瞬こっちを見た?


「イルローゼ様に虐められているんです!!」


 はあああああ????さっきこっちを見たのは私がいるかどうかの確認ってわけね!


 公爵様が確認するようにこちらに視線を向ける。


「事実無根ですわ」


 私は首を横に振りながら公爵様に向けてそう言った。

 

「このドレス、あなたがお姉さまにやらせたんでしょう?」

「あなたの姉なんて知らないわ」

「エミリー姉さまよ!私は……養子だけど。お姉さまはイルローゼ様の側仕えでしょう!?あなたが命令してやらせたに違いないわ!昨日の夜は綺麗なままだったのに……朝起きたらめちゃくちゃだったのよ!!」


 エミリーが姉ですって!?だからアイザック殿下はマリアンヌが男爵令嬢だって知ってたのね。というか、あなたと同じ男爵令嬢のエミリーが誰ともともに行動せずに一人で歩き回るわけがないでしょう。


「私がベルと二人で仲良くしてるのに嫉妬してやったんでしょう!?」


 嫉妬なんてもうしませんわ。今私が嫉妬するのはアイザック殿下に対してだけですもの。

 

「いいえ。この際公で言わせてもらいますが、ベルとの婚約破棄を望んでいますの。先日ニアンベル殿下にも同じことを申し上げましたが、私イルローゼ・ギアギュートはアイザック殿下とお付き合いしていますの」


 会場がざわつく。公爵様は目を大きくしてはいるものの静かにこの場を見ている。

 

「えぇ、僕がお付き合いの提案をしました。兄の愚行に傷心しきっていたローゼを慰めているうちに、惹かれていってしまって。駄目だとはわかっていたんですが、兄もあれですし……」


 そう言いながらアイザック殿下はベルを指さしてあざ笑うかのように見下した。

 周囲もアイザック殿下に賛同の声と、ベルに対する批判の声が高まった。


 ちょっと計画より遠回りをしましたけど、周囲の心を味方にすることは出来たんじゃありません?


「というわけで、僕たちがいるとこの美しい閑静な公爵邸が騒がしくなってしまうようなのでこれで失礼します」

「エミリーは想いを寄せる殿方と朝からずっと一緒のようでしてよ?それより前でしたら、私の世話をしてくれていましたわ。では、公爵様、お先に失礼いたします」


 公爵様がこちらに歩み寄り、申し訳なさそうに眉を下げ私とアイザック殿下の肩に大きな手を置いた。


「すまなかったな。落ち着いたらまた来てくれて構わない」

「そうさせてもらいますわ」


 そうして私たちの怒涛のパーティーは幕を下ろした。


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