第10話
朝起きてすぐ私は自分の部屋へエミリーを連れて戻ったのだ。
私の部屋に入った途端エミリーは昨日の仕返しと言わんばかりに、ふかふかのソファに一目散に向かって昨日の新聞を取り読み始めた。
私は身に纏った煌びやかなドレスをヒラヒラと揺らしながら、全身鏡でその姿を隈なく観察する。粗があっては困るからね。
全身今日の端に映るエミリーは、紅茶の入ったカップを口に近づける。湯気でエミリーの表情が霞んだ。お化けみたいって言ったら変なコーデにされそうだし黙っておいた。
「変じゃないわよね」
「変じゃない。早くしないと間に合いませんよ」
手を追い払うようにしっしっと動かしてこれ以上話しかけるなとジェスチャーした。エミリーがそんなことをしても私はお構いなしに話し続けるのが私たち二人の通常だ。
「そんな急かさないで、落ち着けないじゃない」
「昨日の夜から落ち着けてなかったじゃない。いまさら何を言うんですか」
「だって、アイザック殿下とのデートなのよ!?」
私は鏡越しに目を合わせていたエミリーにバッと振り向いた。
エミリーは何があっても表情変えることはないけど、私はそういうことが大の苦手なのよ!落ち着けないわよ!
鏡に向き直り、鏡に映る自分の頬を触ったり侍女が整えてくれた前髪をいじったり、ドレスに髪の毛とか塵がついていないか確認する。
「かわいい?」
最後の確認に、とエミリーに振り向いてそう確認する。
「かわいいかわいい」
相変わらずそっけない返答が飛んできた。
新聞ばっかりで全く私のこと見てないじゃない……。その新聞に穴でもあけてあげましょうか!?
「顔怖……」
「なんですって!?」
「あ、もう時間じゃない?遅刻するよ」
エミリーは膝下に置いていた懐中時計に目線を落とした。
仕方なく部屋を出ることにした。
覚えていなさい、エミリー!そう思いながら私の部屋を後にした。
扉を開ければ、焦った顔のアイザック殿下が駆け寄ってきた。
「あ、殿下。おはようございます」
「おはようございます、ローゼ。自分の部屋にいたんですね」
なんでそんなに焦った表情なのかしら。もしかして私がいると思っていた場所にいなかったから?昨日いた場所はエミリーの部屋だけど……もしかして窓が開いていたのはエミリーとアイザック殿下が密会していたから!?
だから相談した時にエミリーはあんなに狼狽えていたのね!?わかったわ、エミリー。
「殿下、昨日エミリーの部屋にいらしたでしょう」
私は歩きながら淡々とそう聞いた。
「え!?いや!え!?」
慌てた様子で口元を手で覆う。
私はそれを見て図星なのね、と心で落胆する。でも、殿下と私を繋ぎ止める理由を必死に心の中で探した。
「エミリーとどんな関係であれ、私、ベルたちと闘うために手段は選ばないことにしたんです。エミリーも快くアイザック殿下と共闘するように言ってくれましたし、アイザック殿下は乗りかかった船に最後まで乗っていてくださいね!」
私はさも気にしていないかのように振る舞った。
「え!?勘違」
「あ!もちろん私、アイザック殿下に恋愛感情を抱いたりしませんので!お気になさらず!さあ!行きましょう!」
アイザック殿下が何かを言いかけたが、その言葉を聞かないように遮った。
やっちゃったよー、また自分守るために思っても無いことを……。
二人で仲良く出掛けるはずのデートは、気まずい空気が流れたままだった。馬車に乗り、二人はそれぞれ窓から外を眺めている。
「エミリー殿とは、ローゼが思っているような関係ではありません」
「嘘つかなくても大丈夫ですわ」
「ローゼ、私の目を見てください」
窓に反射している自分を、見続ける。
「エミリー殿とは、ただの契約関係です。僕が主で、エミリーが従者として。昨日エミリー殿の部屋にいたのは情報の共有をしに行っていました。ローゼが考えるような関係では無いです。誤解です」
「そうなのですね。別にエミリーの部屋で会わなくても……」
やだ、なんかアイザック殿下に嫉妬してるみたい。
また私は窓の外にある街並みを眺める。
そんなに速く無いスピードの馬車は、さほど激しく揺れることはなく乗り心地は良い。
重苦しい雰囲気の中殿下が口を開いた。
「ローゼの……ローゼの相談をしにエミリー殿の部屋へ行きました」
なんだか申し訳なくなってきてちらっとでんかをみれば、膝に肘をつけて項垂れる殿下の姿があった。顔は隠れて見えないが、耳が赤くなっていることがはっきりとわかる。
どんな契約であれ、好きな人がいるのなら異性の部屋に行くべきではありませんわ。
「泣き落としなら無駄ですよ、人生の先輩である私は騙されません」
「ローゼ、信じてください」
アイザック殿下が私の手を取り、甲にキスをする。
そんなことしたってだめですわ。
「信じるにも何を信じたら良いか分かりませんもの」
「ローゼを好きだという気持ちも信じてもらえなかったということですか……?」
殿下は顔を上げてまた苦しそうな顔をする。
「それは……」
私に都合のいい言葉ばかり信じている自分に気づいてしまった。
殿下は体を私に近づける。
「本当に好きなんです。ずっと、ずっと昔から、ローゼの婚約が決まる前から。……どうしたら信じてもらえますか?腕の一本でも捧げたらいいですか?」
殿下の気迫に私は何も言えなかった。
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