やられっぱなし令嬢は、婚約者に捨てられにいきます!!
@mikamiyyy
第1話 どうでも、いいかも
爽やかな風が通り抜け、優しい青空が見守る庭園の中で、二人の女は静かな決闘をしていた。
「貴女いつまでベルの隣に居るの?貴女じゃベルの隣はふさわしくないわ」
私はその発言をする女に対して、呆れている。
私の目の前にいる女。この女は聖女マリアンヌ。この国の唯一の聖女で、崇められている存在だ。誰も彼女に礼儀作法を教えてこなかったせいで、傍若無人の振る舞いを誰彼構わずする始末。
もうそれにも慣れてしまうほど、彼女が来てから長い年月が経った。
金髪碧瞳のマリアンヌ。レフ板のように白い肌。聖女の体に実る、たわわな胸。細いウエスト。スリットからチラ見えする、肉付きの良い太もも。マリアンヌが王宮を歩くだけで、全ての男性が目を奪われる。
呆けた顔をしていると、マリアンヌに足を踏まれる。
誰にも見えないような角度でやるあたり、慣れていると思わざるおえない。
痛みに顔を引き攣らせていると、マリアンヌは顔を近づけ言う。その顔はまるで悪魔のようだ。
「良い加減答えてくださる?イルローゼ・ギアデュート」
「……ベルが婚約を破棄するまで、ですかね」
マリアンヌの声色は、到底聖女と思えないような低い声であった。
私はイルローゼ・デアギュート。デアギュート公爵家の長女である。
金髪の艶のある髪。ルビーのようなキラキラとした赤い瞳。そこそこたわわな胸。コルセットで締め上げられた、細いウエスト。程よく筋肉のついた綺麗な脚。
聖女が来るまで、私は高嶺の花であった。
そして私には、ニアンベル王太子殿下という婚約者がいる。
ニアンベル王太子殿下。彼はこの国、このフェアベール王国の第一王子。
才色兼備で見目麗しい顔をしている。
もちろん私は、確か彼のその顔に、10歳の時に一目惚れしてしまったのだ。
幼い頃から剣術を得意とし、社交界デビューは記憶では、私と同じ時にした。はじめましては、そのお互い10歳の社交会であった。その時からずっとお慕いしていた。
お父様に一目惚れの旨を打ち明けると、とんとん拍子で婚約が決まりそれなりに恋愛していた。
隣に居れば心臓は鳴り止まず、顔を見れば頬が緩み、考えるだけで頑張ることができた。
しかし、私はこの女のせいで殿下は奪われ、精神が崩れかけている。
「あ!ベル~~!!」
聖女は胸を揺らしながら、私の婚約者に近寄る。
「マリー…会いたかったよ」
二人は抱擁を交わす。
長い。長すぎる。いつまで抱き合っているつもりだ。
先ほどの発言、訂正しよう。私はこの阿婆擦れと、この馬鹿な婚約者のせいで精神が崩壊しそうなのだ。
私と殿下が二人でいれば、謀ったかのように現れ邪魔をする。殿下と聖女で城下に出かける。殿下の馬に乗る。殿下に軽々しくさわる。殿下と食事を共にする。殿下に軽々しくさわる。殿下と愛称で呼び合う。
極めつけには、殿下の部屋に聖女が無理矢理押し入り、悪びれもせず寝台で共に寝る。
殿下も殿下だ。最初は断っていたが、だんだんと負い目が出てきたのか受け入れはじめた。遂には私を蔑ろにしてまで、聖女と過ごす日々が増えたということだ。
私は二人の行動に我慢の限界が来ていた。
「殿下。ご機嫌よう」
「あぁ、ローゼ」
その殿下の瞳に私は映らない。
婚約者になってから、私は妃教育に励み、殿下の隣に胸張って立てるように努力をしてきた。
それなのにこんなぽっと出の女に、殿下の隣を奪われるなんて思ってもいなかった。
「あぁ愛しいマリー」
「ベル…」
頭が痛い。痛い。痛い。痛い——————。
「ローゼ!?ローゼ!!どうしたんだ!!ローゼ!!」
私は耐え難い頭痛の末、その場で倒れてしまう。
殿下が青ざめた顔で駆け寄ってくるが、そんなことに気を配っているほど余裕はない。
両手で痛む頭を押さえ、悶える。
そして、謎の記憶が流れ込んでくる。
「誰っこれ…」
見知らぬ顔が、たくさんと流れ込んでくる。頭の処理が追いつかない。
「医者を呼べ!」
「ぃぇ……それには及びませんわ、殿下…」
だんだんと頭痛は引いていき、記憶の流れも落ち着く。
涙ぐむ目をハンカチで拭き取り、殿下の顔を見る。
「あれ?殿下ってそんな顔でしたか?」
あれ、おかしい。まっっっったくときめかない。
「何を言ってるんだ、やっぱり頭おかしくなったんじゃないか?」
「殿下~イルローゼさんは大丈夫そうですし~、はやく行きましょ?」
聖女はそう言い、私のそばにしゃがむ殿下の背中に胸を押し当てる。殿下は耳まで真っ赤に染まる。
か、かわいい…。かわいい?
「ロ、ローゼ!何か変化があったら、すぐに医者を呼ぶように!」
そして二人も大丈夫そうな私を見て、腕を組みながら去って行った。
それより、先ほどまで渦巻いていた嫉妬の感情が、頭痛によりどこかに行ってしまった。
「なんで……」
「イルローゼ嬢、大丈夫ですか?」
しゃがみ込む私の上から、低いが優しさの籠る声が降ってくる。
私は顔をあげ、その顔に高揚してしまう。
「え、殿下…」
殿下とは言っても、第二王子のアイザック様だ。
アイザック殿下は、殆どの社交の場には顔を出さず、仮面の貴公子と呼ばれている。
私自身も、さほどお会いしたことがない。
しかしこの顔、先ほど流れてきた謎の記憶の顔立ちにそっくり!!謎の記憶によれば、塩顔イケメンとかいうやつ!
やはり、兄弟ということもあり、ベルとは違うベクトルのイケメンである。
銀の髪に青い瞳。長身で、すらっとした手足に、程よく筋肉のついた上半身。
ベルより、身長が高い…。
私の心臓は鳴り止まず、目の焦点が合わない。なんと話せば良いのだろうか、言葉が何も出て来ず、焦ってしまう。
と、とりあえず殿下に認知してもらうために、自己紹介をしなくては!
「アイザック殿下、私イルローゼ・ギアデュートと申します!」
令嬢らしからぬ挨拶をしてしまう。
そんな私を見てアイザック殿下は、幸薄そうな顔を綻ばせ、私と視線を合わせるためにしゃがみ込む。
「存じております、イルローゼ嬢」
し、信じられない。微笑み一つで私の心を掴んでしまうなんて。
聖女にやられっぱなしだったけど、なんかもうどうでもいいかもしれません。
むしろ今、マリアンヌにベルを差し上げたいくらい!
私、決めました!ベルと婚約破棄をして、アイザック殿下と婚約を結びます!
やられっぱなし令嬢は、婚約者に捨てられにいきます!! @mikamiyyy
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