第37話 最たる悪

「で、なんでお前がここに居るんだ?」


狂暴な鬼人バーサクオーガ』での一件の後、ギルドに戻り寝ていた俺だったが、昼前に目を覚ますとシルフィードがいた。

 斗真相手に泣きながら何かを話していたが、俺を見るやこちらにやって来て、今に至る。


「だって、シェリアが戻らないって。鎧武さんもシェリアを返してくれないし……どうしたらいいか。」


「お前なあ、被害妄想も大概にしろよ。あの人がシェリアを返さないのは規定に則っての事だろ。お前がシェリアを説得さえすれば抜けていいって言ってたぞ。」


 ギルドは基本的に規定を破ったり、何か大きな事件を起こしたりしない限り、追放されない。

 追放とは、普通の会社でいうところのクビだ。

 ギルドに余程の損害を与えない限りは、その人物を追放する事はない。


 シルフィードは『狂暴な鬼人バーサクオーガ』を敵対視しているが、ぱっと見た感じあそこはいいギルドだ。

 実力至上主義の部分はあるが、契約書なんかもしっかりしてた。

 シェリアの事を厄介だと言っていたが、彼女が追放になる何かを仕出かさない限り、あのギルドが追い出す事はないだろう。


 目の前でシルフィードがメソメソと泣いている。


 いい加減鬱陶しくなって来た。

 そもそもこいつ、妹のことばかり気にしてられる立場なのか?

 追放されたって事は新しいギルド見つけなきゃダメだろ。


「お前、もうどこかのギルドに入ってるのか?まだなら早めに探しといた方がいいぞ。時間が経つと追放された噂が広まって入りにくくなるからな。」


 俺もギルド探しには苦労したので、軽くアドバイスくらいはしておく。


 あの時は本当に苦労した。

 働きたくても何処にも雇って貰えず、時間が経つに連れ、追放された厄介者という噂が流れてしまい、更に雇われ難くなる。

 こういうのは、早めに行動した方がいい。


 そう思ってのアドバイスだったが、シルフィードは純粋な瞳を向けて、とんでもない事を言い出した。


「え?何言ってるんですか?僕たち同じギルドじゃないですか。」


 当然だとでも言わんばかりのシルフィード。


 (は?何言ってんだこいつ。)


 俺の知らない間に加入していたのかと思い至った俺は斗真と目を合わせた。

 何か言いたげな様子を悟り、俺たちは隅に移動すると小声で話した。


「あいつ、本当にうちに入ったのか?」


「知るか。そんな話聞いてねえし、許可した覚えもねえ。」


 どうやら斗真も知らないらしい。

 ってか、斗真が知らないんなら入ってないだろ。だってあいつがギルマスだし。


 どうも話がわからない。

 こうなったら本人に聞くのが早いだろう。


「なあ、お前いつうちに入ったんだ?」


「やだなぁ。僕の事、進さんが連れて来てくれたじゃないですか。あれって勧誘でしょ。まあ僕、仮にも元『狂暴な鬼人バーサクオーガ』のメンバーですからね。名前も聞いた事ないギルドからしてみれば、喉から手が出るほど欲しいに決まってますよね。」


 悪気など一切なさそうに、ペラペラと笑顔で喋るシルフィードを見て、俺は何かを悟った気がした。


 ああ…やっとわかった。

 本当に面倒なのはこいつだったんだ。


 妹を連れ戻す為とはいえ、平然と人を騙す虚言癖。それに加えて追放された身分でありながら、謎に自分を過大評価している根拠のない自信。そして物事を自分に都合よく解釈する妄想癖。

 その全てに悪意を持っていないというのが一番恐ろしい。

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