ブランコ

かんだ しげる

第1話 プロローグ

 ひいばあちゃんちには、ブランコがある。

 ひいばあちゃんは、そのブランコが大好きだった。

 小学生だったあのころ、わたしはひいばあちゃんちに行くと、いつもブランコに乗った。

 わたしは、いつまでもブランコをこいでいた。

 ひいばあちゃんのブランコをこいでいると、まるで時の流れが止まっているような気がした。


 ひいばあちゃんは、カナばあちゃんのお母さん。

 つまり、ひいばあちゃんは、お母さんのお母さんのお母さんだ。

 カナばあちゃんは、ふつうに『おばあちゃん』と呼んでもいいんだけど、ひいばあちゃんとまちがえるから、名前の『加奈子(かなこ)』の『加奈』をつけて、カナばあちゃんとよんでいる。

 おじいちゃんは、おじいちゃんのままだけど。

 ひいばあちゃんの名前は、村野清子。

 カナばあちゃんは、おじいちゃんと結婚して、村野加奈子から、吉井加奈子になった。

 お母さんはお父さんと結婚して、吉井美希から月野美希になった。

 だから、わたしの名前は、村野でも吉井でもなくて、月野日奈子だ。


 ひいばあちゃんちは、東京から山梨に行くとちゅうの小さな町の、山の南側に建っている。うちのマンションからだと、車なら二時間かからない。

 ブランコは、ひいばあちゃんちの庭の、大きな柿の木の横にある。

 組んだ二対の丸太の柱の間に、一本丸太が横にわたしてあって、こしかける木の板がロープでつるしてある。大人二人がならんですわるには、少しせまい。

 でも、小学生のわたしは、ひいばあちゃんといっしょにすわれた。

 ブランコにすわると、川ぞいの国道の向こう側に広がる田んぼをはさんで、向い側の山、その向こうのずっと遠くの山まで見わたせた。


 ひいおじいちゃんとひいばあちゃんは、もともとは日本の西の方、中国地方の岡山県にずっと住んでいた。ひいばあちゃんがしゃべる言葉は、そっちの方言だそうだ。

 ブランコは、ひいばあちゃんのために、ひいおじいちゃんが作った。

 ひいおじいちゃんが、六十歳になって学校の先生をやめた後、急に『陶芸をやりたい』と言い出して、今のひいばあちゃんちに引っこした。

 ひいばあちゃんには相談もなく、ひとりで決めたそうだ。

「うへ、あんた、東京に引っこすんかいな。」

「来月な。東京っつうても、ほんまは神奈川県なんじゃけどな。まあ、えらい田舎じゃけん。ここより、田舎じゃ。」

「知らんところに、引っこすんか。わたしら、もうええ歳やのに。」

「そんじゃけんどな、加奈子のうちからは、まあまあ近いんじゃ。

 もう、決めたけん。ひとりで決めてしもうて、すまんことしたとは思うとる。ほいじゃけん、なんか、欲しい物があったら言うてくれ。」

 ひいおじいちゃんに言われて、ひいばあちゃんは、

「そうじゃあなあ。そいたら、ブランコかのう。」

「ブランコ? あの子どもが乗るブランコか?」

「そうじゃ、ブランコじゃ。」

と、答えたのだそうだ。

「ほいたらな、こんうちに引っこして来ちょったら、ほんまにブランコがあったんよ。ひいじいちゃん、ちょっとこまらしちゃろうって思うって、言うたんじゃけんどな。

『あんた、ありゃあ、じょうだんじゃがな』って、よう言わんかったわ。」

 ひいばあちゃんは、笑ってそう言っていた。


 ひいおじいちゃんのことは、覚えていない。

 ひいおじいちゃんは、今のひいばあちゃんちに引っこしてきてから、一年とたたないうちに、あの世に行ってしまった。わたしが生まれる前だった。

 ひいおじいちゃんは、自分がいなくなった後、ひいばあちゃんがひとりでさみしくならないような場所を、さがしていたのかもしれない。


 ひいおじいちゃんがなくなった時、カナばあちゃんが、ひいばあちゃんに、

「わたしらといっしょに住みんちぇ。ひとりで住んどるのは心配じゃけん。」

と言った。

 でも、ひいばあちゃんは動かなかったのだそうだ。

「なんも。ひとりのほうが気楽でええがな。なんでも、好きなようにできるしな。まわりはええ人ばっかりじゃから、心配いらんて。ブランコもあるしな。」

 ひいばあちゃんは、ひいおじいちゃんのブランコと、いっしょにいたかったのだと思う。


 わたしは、もうすぐ高校生になる。

 あのころとは、いろんなことが変わった。

 でも、わたしは、今でもひいばあちゃんが好きだ。

 ひいばあちゃんのブランコが、好きだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る