第5話 書店の美少女②

 彼女の読む本、そして、彼女に関心を持ったが、僕には縁のない女性だ。

 あまり長居せずにこの場を離れよう。そう思った時、

 入口のチャイムがカランカランと鳴り、一人の女の子が入って来た。その子は僕の隣にいる髪の長い彼女を見つけると、ツカツカと向かって来て、

「リョウコ、こんなところにいたんだ。探してたんだよ」と声をかけた。

 明朗快活な雰囲気のする女の子だった。どちらかというと体育会系のように見えた。

「あっ、めぐみ・・」

 リョウコと呼ばれた女の子は、声のする方を見て小さく言った。

 そこで問題が生じた。

 それは、間の悪いことに、女の子が振り返った先に僕がいたことだ。更に悪いことに、僕は思わず彼女の顔を見てしまった。つまり彼女と向かい合ってしまったのだ。

 お互いに「あっ」と言った気がする。

 その瞬間、お互いの行動が制止し、気まずい雰囲気となった。

 すごく綺麗な人だった・・

 ああ、美人顔というのはこんな顔のことを言うんだな。瞬間的にそう思った。

 瓜実顔に大きな瞳、薄く小さな唇。化粧はほとんどしていない。していなくてもその品の良さが分かる、

 彼女は、これまで僕が出会ったことのない遠い世界に住む女性に思えた。

 何かの情熱を秘めているような瞳の奥に、僕が映っているのが見えた時、僕が食い入るように彼女を見つめていることに気づいた。

 ああっ、思わず見つめてしまったっ!

 と言っても、それは数秒もなかった。

 彼女は僕のことなどには目もくれず、すぐに本を書架に戻し、彼女を呼んだ女の子の方へ歩み寄った。


「松田先生の午後の講義、また休講だよ」めぐみという子が言って、

「そう、仕方ないわね」リョウコという子が小さく言った。

「どっかで時間を潰す?」

 松田教授の午後の講義、それは英米文学の講義だ。話の内容で、彼女たちが文学部の学生、しかも僕と同じ一回生だと分かる。

 彼女たちが出て行くのと同時に、入って来た男子たちの会話が届いた。

「さっき出ていった子、ミサキリョウコだよな?」

「そうだよ。あんな綺麗な子、そうそういないだろ」

 ミサキと言う苗字なのか。

「彼女、語学はフランス語で、専攻は英米文学だった・・かな?」

「おまえ、ミサキさんのこと、よく知っているなあ」

「一応これでも、ミサキリョウコのファンだからさ」

 男たちは談笑しながら雑誌のコーナーに向かった。そこでもしゃべり続けていた。

「この大学に、ミスコンとかあったら、ミサキさんを推薦するんだけどなあ」三人目の男がそう言った。すると、

「いやあ、ミサキさんより、ヨシワラさんの方が上だろ」

「俺は絶対にアマノさんだな」

 色んな女性が話題に上ったが、ミサキリョウコの連れの「めぐみ」という女の子には誰も触れなかった。


 彼女たちが外に出ると、僕は一人書店に残される形となった。

 僕は、少女がさっき立っていた文庫本の書架の前に移動した。

 書棚の上から下まで、海外文学ばかりだった。

「ヘミングウェイ」「アンドレ・ジッド」「ディケンズ」「ヘッセ」「トルストイ」「ドストエフスキー」等の大小説家から、「ランボー」「ボードレール」「コクトー」等々の詩集もズラリと並んでいた。

 その中には後に何度も読むことになる、フィッツジェラルドの「華麗なるギャツビー」もあった。

 そして、その奥の場所には、「アシモフ」や「クラーク」「ハインライン」「ブラッドベリ」などのSF作家の小説や「チャンドラー」「ハメット」等のハードボイルド小説が所狭しと並んでいた。

 それまでの僕が読んだことのない本ばかりだったし、知らない小説家ばかりだった。

 リョウコという美少女は、海外文学と、海外SFが好きなんだな・・そう勝手に思った。

 もしかしたら、日本文学の前には僕がいたので、彼女が遠慮した可能性も否めないが、

 いずれにせよ、

 また知らない世界が増えた・・そう思った。

 文芸部の部員なら、それらの本はみんな知っているだろう。知らないのは僕だけだ。

 けれど、知らない世界を知りたくなるのが、僕の性分だった。

 ・・そして、彼女のことも知りたかった。


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