秘密の詠唱

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 映画の舞台挨拶の場所は、このあたりで一番シアター数も上映タイトル数も多い映画館だった。

 私と穂積君が開場時間に着いたときには、入口の外まで列ができていた。少しずつ前進していて、私たちも最後尾の看板を持った人を目印に列に並ぶ。


「博隆いる?」

「あの長身なら目立ちそうだけど、見当たらないね」


 槙さんを見つけられないままきれいな館内を通り抜け、チケットを見せてシアターに入った。




 数時間後、ガラス張りの壁から陽射しが降り注ぐロビーに戻ってきた。


「おもしろかったなー」

「すごく良かった」


 穂積君はめったに映画に行かないと言っていたけれど、楽しんでもらえたようで良かった。

 私もアニメが好きなわりに舞台挨拶を見るのは初めてで、以前から名前を知っていた声優たちに直に会えてうれしかった。木佐さんに次会ったときにこの映画を薦めてみよう。感想と一緒に今日のことも話したい。

 再びあたりを見回しても、槙さんの姿は見つからない。とりあえずチケットのお礼と穂積君と来たことを送信した。


「この後どうする?」

「そうだな……。あ、槙さんから返事きた。『まだ映画館にいる?』って」


 すぐに返事する。槙さんもまだ映画館にいるのだろうか。


「博隆も誰かと来てるんだよな」

「友だちがチケットもらったって話だったから」

「あの入口近くに立ってるの、博隆っぽい」


 コンタクトを入れている私と違い、穂積君は裸眼でも視力が良い。教えられて私も入口近く、上映予定の映画のポスターの前に周りの人たちより頭ひとつ分抜き出た長身を見つけた。

 もう少し近づくと、槙さんが誰かと話していることに気付く。ひょろっとした細身の体型、先週すてきな色合いだと思ったモカのコートが目に映る。


「かなた」


 横から消え入りそうな音が聞こえた。


 槙さんが見回すように後ろを向いて、目が合う。隣の人もこちらを振り返る。

 薄い唇が動く。ほづみ、と空耳まで聞こえた気がした。


 私と穂積君の間ではとっくに言葉は失われていた。映画館を出る人の波に押されて、機械的に足を動かす。壁側に寄って待っていたふたりの前にとうとうたどり着いた。

 会ってはいけない人に会ってしまったような、この気まずい雰囲気はなんだ。

 重苦しい空気に助けを求めるように槙さんを見上げる。一番事情がわかっているはずの人はマイペースにスマホを触っている。私の視線に気付き、自分のスマホを掲げて指差す。


「穂積、久しぶり」


 木佐さんが先に沈黙を破った。


「だな。元気だった?」

「うん」


 木佐さんは穂積君に薄く微笑む。そして、視線がこちらを向く。


「えっと、先週ぶり」


 え、と穂積君が言葉とも吐息とも区別がつかない声を漏らす。


「出入口で突っ立ってるのも邪魔だし、どっか入ろう。谷口さんも」

「え!?」


 正直私がついて行って良い空気じゃないのに、槙さんからご指名が入る。


「志穂、どうする?」


 穂積君に尋ねられ、この後の主導権が私に移った。私が断ったらこのまま解散になりそうだ。久しぶりの再会に私が断れるはずがない。


「私も行ってもいいなら」

「当たり前だろ」


 穂積君の顔に見たことのない固い笑顔が浮かぶ。私は答えを間違えた?


「あの店でいい?」


 槙さんが指差した先、映画館の向かいのビルにおしゃれなカフェがある。反対意見は上がらず、私たちも混雑した入口から移動する。3人の後を追いながら、スマホに新しく届いたメッセージを確認する。


[話合わせて]

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