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「じゃあ木佐さんが思う悲しい物語ってどんな展開?」

「僕は、思考を止めることが悲劇だと思う」


 神子という存在はいても、田中先生が書くキャラクターは運や神を頼まない。自分の目と耳で確かめ、考えて、考え抜いて選択する。


「谷口さんの意見はよく見るし、なぜハッピーエンドにしなかったのかとインタビューで聞かれたこともある」


『チェンジザワールド』の今度アニメになる第2章も、それぞれの正義のために望まずして主人公たちと敵対することになった人たちが悲しい結末をたどる。


「ひと言で言えば、ハッピーエンドを書くのが下手なんだ」


 作家は本当にひと言で言った。


「年の離れた妹にむけた童話は、『幸せに暮らしました』で終わらせたけど、どうにも嘘っぽく思えてならなかった。担当に言われてから『騎士と神子』ハッピーエンドのルートも書き出してみてはいるけど、筆が進まない」

「ハッピーエンドは好きじゃない?」

「生きていくなかで自分の思い通りになることも、タイミングよく運が巡ってくることもめったにないから、読者に違和感を持たれないように、予定調和にならないように気を付けていると、そういう展開になってしまう。『勇者と魔女』は魔女を逃がす代償が必要で、『道化師と王女』は国民を踏み台にした幸せな未来を描けなかった。ハッピーエンドが嫌いというわけじゃないから、二次創作の幸せな未来は楽しく読ませてもらってる」


 田中先生の考え方に反論する気はさらさらない。

 それでも、私は――。

 胸に生まれたもやっとした違和感をすぐに言語化できない。待って。考える時間をちょうだい。まだ伝えられてないものがあるのに、いつも届かないまま時機を逃してしまう。


「結末に寂しくなるほど登場人物たちを思ってもらえて、冥利みょうりに尽きます」


 自分の作品について悲観的でも否定的でもなく、彼の書く文章そのままに淡々と話していた様子とは打って変わり、木佐さんはにかむように微笑んだ。


「さっきのは一読者の話として受け取ってください。田中先生の小説のファンには変わりないですから」

「ありがとうございます」


 どちらの結末でも、その小説をきっと好きになる。



 ○



 電車に乗ってから、木佐さんのことを穂積君に話してもいいか聞き忘れたことに気付いた。メッセージを送ろうとして、やめる。もし嫌でも木佐さんは我慢しそうで、文字だけの情報だと不安だ。今度会ったときでいいかと座席にもたれて目を閉じる。

 今晩は自分の感情の動きが忙しかったせいで、楽しかったと同時にいつも以上に疲労を感じた。ああ言えばよかったとか、もっと気の利いたことが言えたらよかったとか、マラソンの最後で体力を出し切れなかったようなもどかしい気分だ。いつも言いたいことの半分も言えない。


 木佐さんと初めて映画の感想を話した夜、木佐さんはハッピーエンドの結末を都合が良すぎると言った。そんな彼を心配症、慎重な性格だと私は深く考えずに思っていた。

 木佐さんは男性とか性別関係なく、大好きな作家で、感情を分かち合える友だちだ。木佐さんが好きな人に幸せになればいいと思うように、木佐さん自身も幸せになってほしい。電車の窓から見える夜景を見ながら、そう思った。

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