呪われた紅玉とふたつの恋心
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第17話
ここのところ毎日のように、ヴァラの白昼夢には「グライフに守られし三つの紅玉」という言葉がたびたび出てきていた。
ヴァラはヒューにそのことについて話してみた。すると彼はしばらく逡巡してから、「あぁ、たぶんあれで間違いないだろう」と意味深なことを呟いた。
何のことなのかと尋ねると、彼はその場では答えずににっこりと笑んで、バルに確かめに行こうと言った。それで二人は今、バルの執務室に彼を尋ねた。
「『グライフに守られし三つの紅玉』と言えば……」
執務室の円卓には三人分のお茶の準備がしてある。
「そう、三つ。これくらいの」
ヴァラは頷いて親指と人差し指で輪を形作って掲げてバルに見せる。
「グライフは確か、我が国の国旗にもあるように、国権の象徴であり聖獣でもあるよね、バル」
ヒューの言葉にバルは頷く。そして彼はあっ、と声を漏らして両掌を宙に向ける。ヒューはにやりと笑う。
「気づいたね」
バルはヒューを見てうんうんと頷いた。
「気づいた。あれだ!」
「えっ?」
ヴァラは首を傾げた。しかしバルとヒューはやや興奮気味に頷きあい、確認しあっている。
「そうだ! グライフに守られし!」
「間違いないね。大きさも数もほぼ合うだろう」
「するとあれ、あそこにあるな」
「うん、あそこだ」
ヴァラは二人だけがわかってうれしそうにしているのが気に入らない。バルとヒューの間に入り、二人の腕をそれぞれつかんでゆすった。
「ねえ! あそこって、どこのこと? あれって何のこと?」
バルとヒューは少年のように目をキラキラさせながら答えた。
「三つのレガリアだ」
「宝物庫だよ」
「ええ? レガリア? つまり、王笏と王冠と宝珠……あっ!」
ヴァラもやっと気づいた。
この国に代々受け継がれる
戴冠の儀式で代々の王が身に着けるもの。
王笏、王冠、そして宝珠。
それぞれには大きな
特に王笏。先端の大きな紅玉は、国の守護獣である聖獣の
「宝物庫のカギならば父上に話して借りてこられるが……あー、その、でもね、ヴァラ?」
バルは気まずそうに言いよどむ。苦笑する兄のもの言いたげな視線を受けて、ヴァラはああ、と頷く。彼の言いたいことは察しがつく。
もちろん、呪いのかけられているモノや呪いを解くための呪文が解明されても、呪いを解くための本人が
二人は頷きあうが、ヒューだけは合点がいかない。バルはふう、とため息をついてヴァラとヒューを交互に見つめた。
「まぁ、三つの紅玉がヴァラの言うものと合っているかどうか……それで今すぐにどうにかできずとも、とりあえず確かめておいで」
宝物庫は
ゴシック式の高い天井近くまではめ込まれた美しいステンドグラスから、青や赤の光が礼拝堂の白い石の床に光の模様を描き出す。
そこにはヴァラとヒューと巨大な白いオオカミ姿のふわふわ雪以外、誰もいない。静かで厳かな空間を通り抜け、短い廊下を歩く。
L字型の廊下の突き当りのドアの前で立ち止まる。
ヒューはバルから預かってきたカギ束を出し、その中の教わった一本を突き当りの細かな彫刻を施した木製の扉のカギ穴に差し込んだ。
彫刻は聖書に書かれている『天国の門』だ。ドアが内側に開く。中は薄暗い。
ドアの外側に置かれていたランタンに火をともす。冷ややかな空気が正面から吹き上げてくる。
どうやら地下に続く階段があるようだ。ランタンを掲げたヒューは、空いている左手でヴァラの右手を取った。
二人はゆっくりと暗い石段を下りてゆく。
「昔、小さなころによくバルとイギーと一緒にここに忍び込んで、探検ごっこをしたんだ。それで決まってフランツが迎えに来て、私たちにお説教をしたっけ」
ヒューはくすっと笑う。
スカートの長い裾をたくし上げて階段を下りるヴァラはあきれて肩をすくめる。
ヒューは彼女に歩調を合わせてくれている。
「悪い子たちだったのね。城を抜け出して森に行ったり、王家の宝物庫で探検したりだなんて。ばれたら大目玉だったでしょう?」
「そうだね。宰相とか侍従とか、よく追いかけられたっけ。一番のワルはバルだったな」
「うそ。イギーでなくて?」
「イギーは泣き虫だった。あ、ここだけの話で」
暗い石段に、二人のくすくす笑いが響く。
やがて一番下まで降りると、ヒューはヴァラの手を引きながら迷うことなく暗い通路を進んでゆく。
ヴァラがくすっと笑ったので、ヒューは彼女を振り返る。
「なに?」
「いえ、本当に来慣れてるみたいだなと思って。足取りに迷いがないから」
「おかげでグライフに守られし三つの紅玉の謎が案外簡単にわかっただろう?」
やがて、一枚の金属の重厚な扉に突き当たった。
「歴代王と王妃の棺が納められている
ヒューは再び鍵束の中から別のカギを手に取り、穴に差し込んで慎重に回した。
鈍く重厚な音が低く響いて、さらにひんやりとした空気が漂う。石壁の両側には等間隔に
それは本物の炎ではなくたぶん魔術によって燃えている炎なので、薪が燃える匂いも空気が薄くなることもなく、熱も感じない。
細い通路の両側には、ずらりと石棺が並べられている。
それぞれの棺のふたには、そこに入れられているのであろう歴代の王と王妃の各々の生前の姿を模した彫像が彫られている。
「幼い子供たちにとって、ここでの肝試しは……最高の遊びだったでしょうね」
ヴァラが苦笑する。
「それはもう、楽しかったよ。ここを通り抜けないと宝物庫には行けない。大丈夫?」
「それは、怖いかってこと? これでも私は魔女よ、半人前だけど」
「一応、礼儀として聞いてみただけ」
ヴァラはつないでいないほうの手でヒューの腕を軽くたたく。ヒューは笑う。
両脇に棺が並ぶ通路を進み、一番奥の黒っぽい金属の扉の前まで来ると、ヒューはまた別のカギを選んでカギ穴に差し込む。
ぎぎぎ……ときしむ音がして、扉はゆっくりと開いた。
石の壁に囲まれた奥行きのある大きな空間。
やはり魔術でともされた松明が壁の四方に等間隔で取り付けられているので、室内は良く見える。壁に沿うように棚がぐるりと置かれ、いろいろな箱が並べられていた。
箱に収まりきらないようなものは右手奥に並べられている。
外国の衣装や調度品、つづら箱、見慣れない武器や楽器、荘厳な彫刻……珍しい動物たちのはく製や、猛獣の敷物もある。
部屋中をぐるりと見まわしてヴァラはわぁ、と感嘆を漏らす。
「こっちだよ」
ヒューがヴァラの手を引っ張って、正面奥の五段くらい段のある少し高いとろに向かう。一番上の段には立派な長テーブルが置かれていて、ガラスケースかかぶせられている。
薄紅色の絹で包まれた細長いものと、儀式用の装飾の派手な王冠と、
「初めて見たわ……」
「現王の戴冠式以来、これらをご着用になる儀式は最近は何も行われていないから、もっともだね」
ヒューは脇からガラスケースに手を差し入れて、絹で巻かれた細長いものを取り出した。そしてそっと布をめくる。ヴァラはまたまた感嘆を漏らす。
「グライフ……」
それは王笏だ。先端には上半身がワシ、下半身がライオンのグライフの金の彫刻。
翼を背の後ろに広げ、前脚を大きな紅玉の上にのせ後ろ脚で立ち上がっている。柄の部分にも金や宝石で見事な細工が施されている。
「グライフに守られし三つの紅玉、と聞いてまずはこれが思い浮かんだんだ」
王笏をヴァラに渡し、ヒューはケースの中から王冠と宝珠も取り出す。
王冠は金のアーチ部分に真珠や
そしてかぶると額の上部に当たる正面部分には、ローズカットの大きな紅玉がはめ込まれている。
残る一つは、儀式の時に王が世界の象徴として、王笏とは反対の手に持つ宝珠である。
ヴァラには片手に余るくらいだが、成人男性ならば十分片手に収まるだろう。
金の球体の直径部分には細いベルトのように宝石がぐるりと取り囲んでいる。球体の上部にはローズカットの紅玉が載り、十字を片方の前脚を掛けて支え持つ小さなグライフが、前脚をのせ紅玉に半身をのせている。王冠にだけはグライフの彫刻がついていないが、王笏と宝珠にはついている。
「これらが国宝だとは思わずに、小さなころは三人でかぶったり放り投げたり振り回したりして遊んでいたんだ」
ヒューが苦笑する。ヴァラはあきれ顔でヒューを見上げる。
「
「本当だね。それで、この三つに呪いがかけられているということ? 解くにはどうすればいいわけ?」
「それは……そうね、まだ呪文がすべてわからないから、時がくれば解けると思うの。ただ、もしかしたら解呪の時に壊してしまうかもしれないわね」
それにはヴァラ自身も一人前になる必要があるけれど……今はそれを話題にはしたくないので、あいまいに答える。
「壊れるとしても、呪いが解ければ陛下はお許しくださるだろう」
「そうね。きっとね」
「バルも気にしないと思うよ。壊れたら新しく作り直せばいいとか言いそうじゃない?」
二人は笑う。
きゃん、と遠くからふわふわ雪のものらしき声が聞こえる。
「ふわ雪?」
ヴァラは眉を
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