COOKING!

しえる

人生最大のピンチ! からの……

1

第1話

初めて包丁を握ったのは3歳の時だったというと、たいていの人は驚いて目を丸くする。


もちろん、3歳って手が小さいから、牛刀とかは重すぎて無理。


小ぶりの軽いやつを、おじいちゃんがくれたのだ。



おじいちゃんは料理人で、ひいひいおじいちゃんが始めた小さな洋食店の三代目店主だった。


ひいひいおじいちゃんは明治の終わりごろに、ひいひいおばあちゃんと夫婦二人三脚で「とよしま亭」を開店した。それをひいおじいちゃんが継いで戦争中も守り抜いた。



街のちいさな洋食屋さん。


とよしま亭はずっと、おなかをすかせた人たちを満足させてきた。




おじいちゃんは一人息子として15歳から修行して、21歳で後を継いだ。


その年に幼馴染だったおばあちゃんと結婚して、翌年には私のお父さんが生まれた。



お父さんは厨房を遊び場代わりに成長し、料理学校に行っていろんな店で修行をして25歳で店を継いだ。そして26歳で、近所のおばさんの紹介で4つ下のお母さんと結婚した。2年後に兄の千尋ちひろが生まれて、そのまた1年半後に私が生まれた。




「さえはりよりにんになる!」


自分ではよく覚えていないけれど、トーションをエプロン代わりにおなかに巻きつけて、ペティナイフでおじいちゃんのおやつのバナナを切りながら夢を語っていたらしい。


「料理人」と言えずに「りよりにん」と言っていたらしいけれど、多分意味もわからずに言っていた、と思う。


大志を抱く私を家族はほほえましく見守っていたようだけど、実際はお父さんは私に後を継がせる気はなかったみたいだった。



「紗栄ちゃん」


優しく頭を撫でながら、お父さんが言った。


「料理人は大変だ。店があると旅行もいけないんだぞ。手も切り傷で傷だらけだ。会社勤めとか学校の先生とか、看護師とかのほうがいいぞ」


「いやだ。さえはりよりにんになるの!」


「ええ? 頑固なところはおじいちゃんそっくりだな」


そんな会話を聞いて、お母さんはよく笑っていた。


「紗栄が頑固なのは、あなたにも似てるってことじゃないの?」


そんなことを言って、お父さんをからかったりして。



私が包丁を握ったころ、千尋は戦隊ヒーローや重機に夢中だった。私はそれからずっと料理一筋だけど、彼の興味は常にいろいろなものに移り変わっていった。たいして成績がいいわけでなく、何か突出した能力を持っているわけでもなく、将来なりたいものもないまま彼は高校を卒業し、なんとなく興味のあるコンピューターの専門学校に進んだ。



それでも父は、千尋に後を継がせたい気持ちは変わらなかったようだ。




だから私は仕方なく、店主になる夢はあきらめて大学へ進んで栄養学を学んだ。

 

調理ではなく、栄養学。管理栄養士の資格が欲しいと言ったら、お父さんが喜んだ。


とよしま亭の料理人を諦めても、料理には未練があった。




心の中にいつもいつも抱いている疑問を、口にできないまま。


 



お父さん、どうして私はとよしま亭の跡継ぎにはなれないの?

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