神様のおやつ

おちょ

第1話 マシュマロ

はじめて見た時は手が震えた。

空が真っ黒になって、大きなお口とたくさんのフォークやスプーンがやってくる。そしてその全部が、私たちを一斉に襲ってくるのだ。怖くて何も考えられなかった。唇は青ざめて、手が震え出した。うめき声に似た声が勝手に口から出てくる。やっと正気になったとき、死にたくないと強く思った。自分でもびっくりするくらい速く走れた。必死に逃げて逃げて逃げた。


「カヌレ428?起きてる?遅刻よ?」

友のマシュマロ146の声がした。目が覚めた。

やばい、遅刻だ。早く行かなきゃ。

「ごめんマシュマロ146!ちょっと待って!」

いつもと変わらない日々。昨日作った抹茶のパウンドケーキを口にくわえてドアを開けた。柔らかくて優しいお顔のマシュマロ146と目があった。

「おはよう!ごめんね、また寝坊しちゃった。」

マシュマロ146がもう、とため息をついて笑う。

私もそれを見て笑って、行こう、と言った。

固めのビスケットでできた大きな地面の上を軽く走る。急がないと遅刻しちゃう。それにしても、やっぱりマシュマロ146はちょっぴり足が遅い。後ろを向いたらマシュマロ146がえへへと笑った。

お店がいっぱい並んでるところまで来た。立派なケーキでできたお店、あれって何を売ってるところなんだろう?生クリームがきらっと光を反射した。

しばらく走って、やっと学校についた。相変わらず、小さな学校だ。

「カヌレ428、今気づいた、ハンカチ忘れちゃった」

「あっ、ごめんマシュマロ146、私も」

笑いあった。幸せだなあ。ハンカチを忘れちゃったのはだめなことだけど。お互い教室に向かう。マシュマロ146と来年こそは同じクラスになりたいと何度も思う。

「マシュマロ146、また放課後にね!」

マシュマロ146は柔らかい笑顔になって、私に手を振った。

教室に入ると、いつものがやがやと騒がしい音がたくさん聞こえてくる。机に座ると、むっとした顔のクッキー2525がこっちに来た。

「どうしたの?何かあった?」

「何かあったって、お前、昨日のこと覚えてないのかよ」

「あっ・・・ええと、なんだっけ?」

ごまかした。そういえば昨日、クッキー2525と放課後にケーキを食べに行く予定だったんだ。

「お前、まじかよ。昨日約束したじゃねえか、1時間以上待ったんだぞ。」

「ああ、ごめんね、昨日どうしても行けなくって」

これも嘘。私はクッキー2525のことが好きじゃないから。誘ったのはクッキー2525の方だし。

「最低だな。」

クッキー2525は少し涙目になって、それに気づいて後ろを向いた。そしてそのまま席に戻っていってしまった。ふんわりと紅茶の香りがした。たしかに私も悪いけど、最低、だなんて言い過ぎだと思った。というか、何で私なんだろう。

放課後になった。疲れた。相変わらず数学は難しい。マシュマロ146が待つ、いつものところに行った。

「やっほ、お疲れ様。」

マシュマロ146は、お母さんみたいに暖かい存在だ。相談だって、何でも聴いてくれる。そうだ、朝のことを相談してみよう。きっとマシュマロ146なら、優しく頷いてくれるはずだ。一通り、話してみた。

「行ってあげたら良かったのに、クッキー2525はあなたと一緒にケーキを食べたかったんだよ。明日謝らないと。」

マシュマロ146は少し困った顔でそう私に言った。まさか、あっちの味方をするだなんて。

でも、そういうことなのかな?さすがにクッキー2525が好きじゃないからって、自分のことばっかり考えてたな。やっぱりマシュマロ146の言うことはどうしても深く刺さる。

「わかった。明日謝るよ。ありがとね、マシュマロ146」

「カヌレ428なら大丈夫だよ。頑張れ。」

そうして、マシュマロ146の優しいお顔を眺めてたら、遠くから叫び声が聞こえてきた。痛々しい叫び声だ。何かあったのだろうか。

マシュマロ146が空を見つめて固まっている。

私も空を見た。

そんなまさか、あるはずがないのに。どんどん空が真っ黒になっていくのがわかった。まるで空が無くなっていくみたいに。そして、空の真ん中に、大きなお口が現れた。大きく開いて、笑った。なんだ、あれ。気持ち悪い、怖い怖い怖い怖い。その後、大量の大きなフォークとスプーンが現れた。怖くて固まってたら、誰かに手を捕まれ、引っ張られた。

「逃げなきゃ!カヌレ428!」

マシュマロ146だ。やっと正気に戻った。マシュマロ146の手を強く握りしめて走り出した。遠くから大きなフォークが追いかけてくるのがわかる。怖くて怖くて、どんどん走った。逃げて逃げて、逃げまくった。フォークに刺され、お口に運ばれる人が見えたけど、今はそれどころじゃない。怖い。マシュマロ146が涙をこぼしているのがわかる。汗が止まらない。足も止まらない。逃げなきゃ死んでしまう。死にたくない。

速度をまたあげたとき、マシュマロ146が転んだ。速すぎた。もうすぐフォークがここまで来てしまう。

「カヌレ428!お願い!逃げて!!」

マシュマロ146は足を強く打ったのだろう。すぐには立ち上がれなさそうだ。ボロボロと涙をこぼしている。私は唇と手が震えて止まらなくなった。足も止まっている。マシュマロ146が泣きながらこちらを見ている。

「お願いだよ、カヌレ428、逃げてよ、お願い、お願い、死なないでほしいんだよ」

辛かった。私はマシュマロ146を背にして走った。その後、マシュマロ146の腹からフォークの歯が刺さっているのがわかった。マシュマロ146は叫んだ。

「嫌だ!死にたくない!嫌!やめて!痛い!」

辛い、辛いし怖いけど、足が止まってくれない。もう助けられない。

「まだ、まだカヌレ428と遊びたいの!」

その言葉を聴いて、涙が一気に出てきた。前がぼんやりして見えない。

マシュマロ146の叫び声が一瞬で聴こえなくなってしまった。食べられた。どうしてなんだろう。神様、助けてよ。

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