隣に住む美少女クラスメイトの胃袋をいつの間にか掴んでしまっていた
白玉ぜんざい
第1話 シュレディンガーの完璧美少女①
「来週の家庭科は調理実習するから。班を決めて来週までに提出しに来てくださーい」
金曜日の四時間目。
家庭科の担当教師はそう告げて教室をあとにした。
もともと、静まり返るような授業ではなかったけれど、昼休みに突入したということもあり、教室の中には雑談が飛び交い始める。
そんな教室のざわつきを加速させたのは、先ほどの調理実習の話題だった。
「グループ分けどうする?」
「え、一緒でいいっしょ」
「つまんな」
「そうじゃなくて」
「問題は女子だよな」
「女子、か。女子、ね……」
家庭科のグループ分けは男女混合で四人から六人と決まっている。わりと自由な先生で、そこも好きにしていいと寛大であることから人気のある教師だ。
男子も女子も、同性グループはすでにできているものの男女混合グループがあまりないのがうちのクラスの特徴。
だから、そわそわしている。
「どうするよ、佑真」
俺の席の前までやってきて弁当を広げ始めたクラスメイトの阿座上耕助が尋ねてくる。
茶色に染められた髪をくしゃっとワックスでセットしており、顔立ちも整っていてモテそうな雰囲気を醸し出す男子生徒。まあ、一応、親友的な関係である。
制服である学ランの中に緑のパーカーを着ており、独自のセンスを遺憾なく周りに見せつけている。
うちの学校は生徒の自主性を重んじているらしく、こういったところもわりと自由だ。
「残念ながら女子との繋がりがないから候補はいないな。この、好きにグループを作って良しというシステムの悪いところだよ」
入学してからおよそ三ヶ月。
夏休みをまもなくに控えたこの時期、高校生という環境に慣れることにいっぱいいっぱいで、さすがに女子との繋がりを作れるような活動はしていなかった。
「耕助は誰か候補いるのか?」
訊けば、耕助は「んーにゃ」と首を横に振る。
「まあでも、なれるなれないを抜きにすれば由良木一択だな」
即答だった。
由良木、ねえ。
と、俺は教室の一角で友達と談笑する女子生徒に視線を向けた。
亜麻色の長い髪をさらさらと揺らす人形のような容姿。童顔なのに、女の子としての膨らみとかはしっかりとあって、気さくで優しい性格もあり男女共に人気がある。
才色兼備という言葉がよく似合う女子生徒、というのがクラスメイトの総意見だろう。
「なんでも完璧にこなす由良木だぜ。きっと料理も絶品なんだろうなあ」
じゅるる、と彼女の手料理を想像してか耕助は間抜け面を浮かべながら垂れそうなよだれを拭った。
「佑真も興味あるだろ?」
「……まあ、そうだな」
確かに、耕助の言うことには一理ある。成績優秀で何事にも抜け目のない彼女の料理の腕はぜひ一度拝見してみたいものだ。
*
大幕高校は都市部から電車でおよそ三十分ほど揺られたところにある自然に囲まれた学校だ。
周りに高層ビルはなく、見渡せば田んぼや雑木林ばかり。せいぜい五分ほど歩いたところに小さなショッピングモールがあるくらい。
そんな大幕高校から歩いて十五分ほどのところにアパートがある。良く言えば趣があり、悪く言うならば年季が入った建物。二階建てでそれぞれに三部屋あるこじんまりした集合住宅だ。
学生寮ではないが、学生が住むことを考えて家賃が安くなっている。というか、学生以外は住めないらしい。
大家さんが、理由あって一人暮らしをせざるを得ない学生の味方なんだとか。
「おー、君は確か二◯二号室の秋本君」
アパートはコンクリートの塀に囲まれていて、入口には『あすなろ荘』という看板がつけられている。どうしてこの名前になったのかは知らない。
入ってすぐのところにある階段で二階に上がろうとしたところ、庭の方で草むしりをしていた大家さんが声をかけてきた。
比較的若い容姿をしている。詳しい年齢は知らないけど三十になるかならないか、くらいじゃないだろうか。
金髪でジャージを着た、ヤンキーみたいな人だ。見た目に反して情に厚く優しいことは何となく分かってきた。
が。
「秋坂です。秋坂佑真。そろそろ覚えてください」
人の名前を全然覚えない。
「いやぁ、顔はすぐに覚えるんだけどさ。私、昔から国語が苦手でね」
なはは、とおかしそうに笑う。
国語は確かに苦手そうだけど、じゃあ数学や英語が得意だったというタイプにも見えない。そもそもそれとこれとは関係ないだろ。
「何が得意だったんですか?」
「大縄跳び」
もはや科目ですらなかった。
雑談もほどほどに自分の部屋へ戻ろうとしたところを、「あ、ちょっと待って」と呼び止められる。
「なんですか?」
足を止めて振り返る。
「昨日から、君の隣の部屋に新しい子が住み始めたから。なにか困ってるようなら助けてあげてね」
そういやガタゴトと物音がしていたな。壁が薄いから生活音が筒抜けなのが難点だ。
あれは新しい入居者がやってきた音だったんだな。心霊現象じゃなくて良かった。
「あー、まあ」
あすなろ荘は去年までは全室埋まっていたそうなんだけど、今年の春にはそのほとんどが空室になった。
つまり、住人の八割が三年生だったのだ。今は二〇二の俺と、一階のどこかに一人住んでいるだけ。顔は合わせたことはない。
「助けが必要であれば、そうします」
*
簡素な部屋だな、と我ながら思う。
角に合わせるように配置したベッド。無地のカーペットの上にはテーブルと小さめのソファ。あとは、クローゼットと本棚くらい。
テレビはない。だいたいはタブレットで済ます。スイッチもあるけど、テレビ接続はせずに携帯モードで遊ぶだけ。
本棚には最小限のラノベと漫画が並んでいる。実家に戻ればもっとあるけど、一人暮らしを始めるにあたり厳選に厳選を重ねた。全部は持ってこれないからな。これ以上増えても置けないので、最近は電子書籍を活用している。
「……そろそろ飯作るか」
お腹も空いてきたのでキッチンへ向かう。冷蔵庫の中を見ながら夕食の献立を考えていると、俺の鼻が違和感を察知した。
なんか、焦げ臭いな。
そう思い、コンロを確認するけど異常はない。他に焦げそうなものには心当たりがないので、これは俺の部屋から発されたものではない。
「……」
そんなまさか、と思いつつも俺はスリッパを履いて部屋の外へ出る。隣の部屋へ視線を移した瞬間、俺は思わず「嘘だろ!?」と声を上げてしまった。
もくもく、と煙がドアの隙間から漏れ出ていた。さっきの焦げ臭さは、明らかに隣の部屋から発されているものだった。
ていうか、これやばくないか?
「大丈夫ですか? すみません! 大丈夫ですかっ!?」
ドンドンドン、とドアを叩きながら声を掛ける。しかし、中から返事はない。
鍵がかかっていなければ突入を試みたけど、ドアノブはガチャガチャと音を立てて動かない。
どうする。
これ、迷ってる暇はないよな。
ごくり、と喉を鳴らして覚悟を決めた俺はドアから少し距離を取ってそのまま勢いよくぶつかった。
ミステリ映画なんかでは良くあるシチュエーションだけど、これって現実でも開けれるもんなのだろうか。
などと、一抹の不安は抱いていたけど幾度となくタックルを続けていると、ついにドアをこじ開けることに成功した。
部屋の造りはうちと変わらず、入ってすぐに廊下があり、左側にはトイレとバスルームに繋がるドアが並んでいる。右側にはキッチンがあって、その奥にリビング的な部屋がある。
もちろん煙はキッチンから発されていて、俺は息を止めてコンロへ向かう。確かキッチンのどこかに簡易消火剤が設置されているはず。
万が一のためにと、大家さんが置いてくれている。そんな日が訪れることはないだろうと思っていたけど、まさか他人の部屋で使うことになるとは。
コンロの下の棚を漁るとそれらしいものを発見し、俺は思いっきりそいつを吹きかける。
少し経つと火は消え、煙は外に流れていく。早期発見だったおかげで被害は最小限に抑えることができたらしい。
ふう、と安堵の息を漏らしたのも束の間、俺は倒れている女の子を発見する。
「おい、大丈夫か?」
目の前で人が倒れているなんて経験はこれまでになく、どうやら取り乱してしまったらしい。少し強めの語気で言いながらその人の肩を叩く。
しかし、返事がない。
まさか、煙を吸って?
だとしたらまずいのでは?
詳しくは分からないけど、煙を吸うのは良くないって何かの漫画で見た気がする。
火事のときは煙を吸うなと言われているくらいだからな。
えっと、こういうときどうすればいいんだ? 救急車を呼べばいいのか? 何番だっけ。一一〇番だったか?
肩をパンパンと叩きながら、ぐるぐると考えていると彼女の眉がぴくりと動く。
「ん、くぅ」
と、苦しそうに唸ったところで俺は精一杯の力で肩を叩きひたすらに呼びかける。
すると、ゆっくりと目が開かれていく。ぼうっと視点が定まっていないような瞳が徐々に意識を宿していく。
「……」
「……大丈夫か?」
彼女が意識を取り戻したことで俺も冷静さを取り戻していく。
そこで気づく。
亜麻色の髪。
あどけなさが浮かぶ童顔。
同年代と比べても整った、アイドルのような顔立ち。
「えっと、秋本……さん?」
「秋坂だ」
彼女はうちのクラスのお姫様、由良木有紀寧その人だった。
――――――
次回『シュレディンガーの完璧美少女②』
明日、10月13日 20時10分頃更新。
佑真が有紀寧と◯◯を共にすることが決まります。
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