コンプレックス
ユウ
コンプレックス
プロローグ
――信じらんない。
「お前は強いから俺がいなくても平気だろ?」
こんな台詞を言う男がマジでいるなんて。
こんなフザけた台詞、ドラマとか小説の中だけに存在するもんだと思ってた。
こんなバカげた台詞、マジで言う男なんていないって思ってた。
でもそれより何より信じらんないのは。
「でもあいつは弱いから俺がいないとダメなんだ。俺が守ってやらなきゃダメなんだ」
そんなフザけててバカげてる台詞を言われてんのが、あたしだって事。
あたしを愚弄したいのか、浮気を正当化したいのか、一体何なのか知らないけど、フザけんのも大概にしろって感じ。
仕事終わりに話があるってわざわざホテルのラウンジに呼び出しておいて、一体何のつもりなんだって感じ。
目の前で俯き加減で申し訳ないってオーラ出してる、三年も付き合ったこの男は、今日が何の日か分かってない。
分かっててのこの所業なら、公衆の面前だろうと何だろうと、こいつを殴り飛ばしても構わないに違いない。
前歯を全部折ったって構わないに違いない。
――しないけど。
そんな格好悪い事、絶対にしないけど。
心なしか周りにいる人達が聞き耳を立ててる気がした。
気持ちの問題なんだろうけど、みんながみんなあたしたちの話を聞いてて、興味本位に動向を見守ってる気がした。
ドラマや小説なら、男を引っ叩くか飲み物をぶっ掛けるかするんだろうと思う。
そして聞き耳を立ててる奴らはそれを期待してんだろうと思う。
でもそういう奴らには残念なお知らせだけど、あたしはそのどれもしない。
しないっつーか、してやらない。
別れ話を切り出したこの男の罪悪感を和らげるような事は、絶対に絶対に何もしてやらない。
あたしがするのは。
「分かった」
そう言って立ち上がるだけ。
殴られるか罵倒されると思ってたらしい男は、驚いたような表情であたしを見上げる。
その男の視線を無視して、自分が飲んでたアイスコーヒーのお代をテーブルに置いて「じゃあね」とその場を離れた。
背筋を伸ばして胸を張って、いつもと同じ足取りでラウンジを離れていく。
そうなるように意識してるって事は気付かれないように。
フザけてる男にも周りの奴らにも絶対気付かれないように。
――畜生。
畜生、畜生、畜生。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。