第2章 ゼロから始める黒幕生活

第14話 存在しない幼馴染

 僕の他に暗躍者が二人もいた事実に驚愕し、結果的にまあいいかとなった僕は快眠し、異世界生活2日目を迎えた。

 朝方太陽の昇る前に起床した僕は、日課のトレーニングを軽く行うと汗をかく。

 汗を流した後は食堂で朝食かなと予定を立て、城内に大浴場があるらしいので向かうことにした。

 

 「小夜、おはよ」


 「黄泉? おはよう」


 道中、遭遇したのは僕っ娘美少女の月読黄泉つくよみよみこと黄泉である。

 彼女は白色の髪をかき上げながら僕を見上げ微笑む。

 すると黄泉は僕に近寄ると鼻を利かせる。


 「小夜の汗の匂いがする。良い匂い……!」


 「運動後の汗の香りは良い匂いじゃないでしょ。というか嗅ぐの止めてくれないかな。離れろ、しっし」


 「僕は気にしないし、むしろ小夜の匂いは好きだよ?」


 追い払おうとすると余計に接近して顔を寄せる黄泉。

 こういう男女間の絡み合いは噂好きの連中に見られれば面倒な事になるし、橘三日月っていう恋愛年齢小学生の子に見られると生命の危機に関わるんだよね。

 まぁ明け方だし早々他の連中と遭遇することもないだろうけれども。

 

 「うむ! 異世界であろうとも朝は良いな! 一日の始まりを感じさせる! 今日も気合いを入れていこう! 御上みかみくん!」


 「えぇそうですね。早起きは三文の徳と言います。早起きすればするほど僕のデータ収集を効率的に進められます……ん? おや……?」


 逆立ちしながら廊下を歩く炎堂くんとデータキャラの御上みかみくんと僕達は鉢合わせる。

 その二人が見た光景は、僕の胸に顔を押し付け臭いを堪能する黄泉の姿。

 二人の歩みは止まり炎堂くんは逆立ちを止め立ち上がり、御上くんは眼鏡を拭き直すと再びかける。


 「お、おはよう二人とも」


 「うむ! おはよう比良坂くん! 月読さん! 良い朝だな!」


 「おはようございます比良坂さん月読さん。ええと……ではまた後ほど」


 察しの良い空気の読める二人は、僕達の戯れに何も突っ込まず再び歩み出す。

 あの二人なら僕達の言動を言い触らすことはないだろう。山田田中や噂好きの女子連中と遭遇しなくて一安心だ。


 「これ以上被害が拡大する前に離れてくれないかな」


 「被害って何のこと?」


 「僕と黄泉がそういう関係だと誤解されるだろ」


 「そういう関係ってどんな関係のこと?」


 面倒臭ぇなコイツ……! 紬尸織や橘三日月やラナイアとは質の異なる面倒臭さだよ……!

 分かるだろ小学生じゃないんだから!


 「付き合っているとか恋人的な」


 「僕は別に勘違いされてもいいよ?」


 「何言っているんだコイツ……?」


 何言っているんだコイツ……?

 僕の汗の臭いに魅了チャームされたのか?


 「とにかく僕が困るんだよね。具体的にはこの場面を目撃されると首を締め上げ殺害しそうな人がいるから困る」


 「そ、そんな人はいないと思うけれど……」


 僕もいないと願いたい。

 堪能してないと渋々の黄泉を引き剥がし、僕は再度本来の目的のために歩む。

 そんな僕の隣を僕の袖を掴んで歩む黄泉。

 迷子になるわけじゃないんだから袖を掴む必要もないだろと腕を払うと、彼女は袖ではなく腕を絡め出す。


 「もう許してくれない? 僕に恨みでもあるの?」


 「自分の胸に聞いてみたらどうかな?」


 千年王国以外に恨みを買う理由は思い浮かばない。後は理想郷の面々?

 聖人君子な僕が黄泉の機嫌を損ねることに心当たりは……。


 「……構ってくれなかった。昨日は生徒会の人達と一緒にいたし……」


 そんな嫉妬で僕は死の危険に瀕するの?

 いつの間にか黄泉の手の位置が腕から手に移動していたことはさて置き、僕の手を強く握り締める黄泉は顔を俯かせる。

 面倒臭いなとは思いつつも一蹴することはしない。

 僕はそこまで冷酷無情な人間ではないからだ。

 それにここで放置すると余計に面倒な事に進展するのは目に見えている。


 「じゃあ今日は一緒にいよう」


 子どもを慰めるように黄泉に顔を合わせ、彼女の艶やかな髪を撫でる。

 そうすると彼女の曇った顔は晴れ、朗らかな表情へ移り変わった。


 「僕以外に目移りしないでね、約束」


 「はいはい考慮します」


 「はいは一回。じゃ、行こっか!」


 ど、どこに……?

 黄泉は僕の手を引き先導する。


 「汗を流しにお風呂に行くんでしょ? 小夜の考えていることくらい僕にはお見通しだよ?」


 「流石、黄泉だなけあるね」


 「うん、だって僕は──小夜の幼馴染だから!」


 窓から朝日が差し込み、黄泉の笑顔と重なる。

 強引な幼馴染に手を引かれ、僕は大浴場へと向かった。


 ──と、これまでは幼馴染同士の華やかな日常には見える。

 ただ、ここには背筋も震えるような怖い話が存在するのだ。

 それは何か?


 それは──そもそも僕に尸織を除くと幼馴染はいないのである。

 僕と黄泉は幼馴染じゃないのである。

 僕には幼馴染はいないのである(二度目)。


 黄泉と僕の奇妙な関係は、僕が高天高校に編入してより始まる。

 内務省特別異能対策局こと通称特異の寛大な配慮により、一般学生として学生身分を味わえることになった僕は、高天高校に編入することになった。

 僕には友人なんて贅沢な存在はなく、周り全員が初対面の者であるはずだったのだが、何故か黄泉だけは例外だった。

 転入生として注目を浴び質問の洗礼を受けた僕は、『屋上に来てください』との差出人不明のお手紙を受ける。

 言われた通り屋上へ向かった僕は、そこで黄泉と再会したということになっていた。


 何やら黄泉の中での設定……記憶では僕と黄泉は孤児院出身らしく、孤児院での思い出を聞かされた。

 当時泣き虫だった黄泉を兄のように接してくれたのが僕だったようで、僕の中に存在しない記憶を思う存分聞かされた。


 曰く、泣いたら抱きしめてくれた。

 曰く、怪我をすると直ぐに駆け付けてくれた。

 曰く、将来旦那さんになってくれると言った。


 養子縁組により僕が比良坂家に引き取られることになり、僕は施設を離れて黄泉とも離れ離れになることが決まった。

 そんな僕が彼女に渡したのが、黄泉が肌身離さず身に付ける髪飾り。

 僕は一生黄泉を忘れない。黄泉も僕を忘れないでと形見を差し上げたらしい。


 名前も顔も決して忘れず。

 そうは言っても再会まで年月は経っており、子どもの時期と高校生の今とじゃ成長により顔は変わる。

 だが、黄泉は僕が挨拶をした時に僕が僕であると認識した。

 名前の時点で確信に至り、そうして長年思い続けた幼馴染を呼び寄せたらしい。

 

 感動的な物語に僕も涙を誘われる。

 こんな恋愛小説みたいな展開も身近にあるんだなぁと胸を打たれた。


 ただまぁ、これ僕と黄泉の話らしいけれど全く身に覚えがないんだよね。

 初対面の子に泣き付かれ思い出を語られた僕は、やはり冷酷無情ではないので人違いでは? とは言い出せなかった。

 というか、前提として僕は天社の施設にいたから黄泉と同じ孤児院にいるわけがないんだよね。

 一応施設には僕と同じ同年代の子どもはいたけれども、黄泉はいなかったし、実験で処分されるか戦地で戦死するかで大概は直ぐに命を落とす。

 僕が天社により記憶操作を受けた説も考えたが、やはり何度記憶を想起させても黄泉に似た子はいなかった。


 この時点で黄泉は狂人か記憶操作説が彷彿とさせるのだが、それを払拭させたのが黄泉が僕という人間を熟知しているということである。

 僕の好物は蕎麦なのだが黄泉は勿論把握していた。苦手な物はシュールストレミングなのだが無論熟知していた。

 『シュールストレミングを開封させて施設中が阿鼻叫喚になったよね〜懐かしいなぁ……』と最悪過ぎる思い出を感慨深そうに語る黄泉。


 この程度のプロフィール的中など一致させるのも不可能ではないのではとも考えた。

 黄泉は僕の悲願である田舎隠居願望を何故か知っていたのだ。

 どうやら施設時代の僕は黄泉に『田舎で隠居して犬と戯れたい。黄泉ちゃんと老後を過ごしたいなぁ』などと幼少期にして随分と老けた願望を語っていたらしい。

 正しく僕の理想である。

 

 そうして僕は実は自分が記憶障害を患っているのではと考えるようになった。

 実は天社の施設に月読黄泉はいたのだと。

 天社により記憶操作を受けて黄泉の記憶を抹消されたのだと。

 そう考えるようになった。


 というか別に謎の幼馴染が一人くらいいても困ることないよな、それに恋愛小説の主人公とヒロインみたいな役割だから一興だなと感じるようになり、僕は黄泉を幼馴染だと納得することにした。

 一応尸織には『僕には隠された幼馴染がいたんだよ』と説明すると『いや先輩の同期は数名以外は死んでるんで、いるわけないじゃないっすか』と至極真っ当な返答をされてしまった。


 確かにと納得する僕に割り込むのが黄泉だった。

 黄泉は幼馴染属性を発揮させ僕を彼女の幼馴染だと錯覚させた。


 脳内に溢れ出す──存在しない記憶。


 なんだこれは……。月読黄泉……お前は何者なんだ……? 僕は……何者なんだ……? 

 雷に怯える黄泉と一緒の布団で寝た光景。転んで泣く黄泉を背負って帰る夕暮れの光景。別れ際に髪留めを差し上げ黄泉に付けてあげた光景が脳裏に浮かぶ。

 僕は……そうか。

 僕は黄泉の幼馴染だったんだ。


 そうして僕は黄泉の幼馴染となった。

 偶に我に帰るが持ち前の気にしない精神で別にいいかと流している。可愛い幼馴染がいるだけで人生は裕福になるし。


 「どうしたの小夜? 早くお風呂に入ろうよ?」


 「いや男女一緒に入浴とか頭おかしいのか黄泉」


 そうして眼鏡の侍女さんに許可を取って大浴場の脱衣室で服を脱いでいると、僕と同じく脱衣する黄泉がそこにはいた。


 「幼い頃は一緒に入ってたでしょ?」


 「そうだっけ……そうだったかな。いや幼い頃はヨシとしても大人になった今は駄目に決まっているでしょ。はよ出てけ」


 「僕は気にしないよ?」


 「なんだコイツ最強かよ」


 混浴を企む変態を追い出し、侍女さんにコイツは出入り厳禁してくださいと頭を下げ、僕は一人気ままに入浴を楽しむ。

 僕の記憶喪失疑惑といえば……昨夜の黄泉の記憶では、普通に食事入浴をして友達と団欒して寝たと語っていた。

 本来であればソメイユの睡眠魔法により突如爆睡したとなると思われるのだが、特別違和感を覚えている様子はなかった。

 周辺の侍女や衛兵の様子を見ても同様だ。昨晩の謎の集団睡眠が騒動になっている雰囲気はない。

 これもまた彼女の能力で都合良く記憶が改変されているのだろうか。


 「小夜、隣いい?」


 「いいよ」


 となると、生徒会三人衆+凛ちゃん+鳳凰院さん+藍葉さん+有栖川さん+芦屋さんで犯した大茶番は改変されている可能性がある……?

 あの事態により僕の設定に暗い過去の謎多き人物が追加されたわけだけれど。

 いや、温厚で常識的な人気者の僕に裏がある設定もある意味はアリか……?

 ううん、どうすべきか迷うねェ……。


 「うんうん唸ってどうしたの?」


 「何故黄泉がいる」


 「綺麗なメイドさんに『僕達幼馴染で裸なんて見慣れてるんで大丈夫です。それと恋人同士なので』って言ったら快く通してくれたよ?」


 「ちょっと侍女さん?」


 僕と黄泉に恋人設定が追加されてしまった。

 布も身に付けず丸裸の黄泉は、僕の隣に座ると肩が触れ合う程の距離にまで寄る。

 距離感恋人かよ。

 あ、恋人同士なんだっけ……?


 「僕はね、小夜が心配なんだ」


 僕に他人に心配される要素なんてあったかなと探る。

 大茶番は黄泉はいなかったし……。


 「その、ほら、あの白色……」


 あぁ、F級の件ね……。

 国王と故宰相が僕に追放処置を施さなかったのを断固認めず、追放しろと直談判した出来事があった。

 悲しくも結局は追放されず悲嘆に暮れる僕を、どうやら皆はF級であったことに落ち込んでいると勘違いされているらしい。

 ぶっちゃけ黒幕願望が再発した今、追放願望については然程重要視はしていない。

 僕の中では当に終わった話なのだが、他の人達からすれば僕が絶望の境地であると認識しているようではある。

 

 「何度やっても結果は変わらない。結果は甘んじて受け入れるしかない。だから僕は別の手段で道を切り開く。僕はやりたいことをやるだけさ」


 「さ、小夜……」


 「ありがとう。君が僕の幼馴染で嬉しいよ」


 「あっ……!」


 僕は黄泉の手を握り締めた。

 今度は邪魔者に阻止されることなく告げられた。

 これで僕の大茶番に終止符を打つのだ。


 「ど、どういたしまして……」


 黄泉は湯に沈む。

 ヨシ、解決だな!

 自業自得とはいえ、あまり引きずりたくないものだ。


 「ところで……小夜の、やりたいことって何なの……?」


 「そりゃ勿論、黒──」


 黒幕活動ですと言えるわけがない。

 イカンイカン油断していた……。

 うっかり大失言を噛ますところだった。

 いやしかし、黒幕以外にやりたいことなんてあるかね? 強いて言えば宝物庫漁りか盗賊殺しくらいである。

 だが、そんなことを告白すればドン引きされるのは確定。これまた大失言を連続させてしまうのは明白だ。

 となれば、そう──適当に何か良さげな無難なことを言っておけばいい。


 「黄泉。君を守りたい──」


 「ぼ、僕を?」


 こう言っておけば安牌でしょ。

 黄泉の中の僕っぽくていいんじゃない?

 そうして再び黄泉は湯に沈んだ。

 ぶくぶくと泡が浮かび、しばらくすると彼女は浮上する。

 

 「ふふっ、何それ……」


 黄泉は僕の臭い台詞に苦笑した。

 長風呂は湯あたりしそうだなと僕は大浴場から出ることにする。

 去り際に時間差で出ろよと告げると、彼女は特に何も言わず首を頷かせた。

 やはり、一応は黄泉にも恥じらいは備わっているらしい。

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