第27話 春休みが始まった


 二月に入り、山田さんのバイトは昼のシフトに入った。俺は大石の事が気になったので聞いてみると


「普通に仕事している。でも私が終わるのが午後三時だから問題ない。あいつはフルタイムの仕事だから」

「そうか、それなら安心だな。そう言えば警察に被害届出して有っただろう。あれはどうしたんだ?」

「うん、何も見つからないとこっちに連絡来ないんじゃないかな。音沙汰全く無いよ」


 そんなものなのかな。この話の後、俺は実家に帰った。洋服は半分持って来た。春夏ものをアパートに帰る時、持って行かないといけない。



 休みに入って一週間位して美優が訪ねて来た。

「美優、帰って来ていたのか?」

「ううん、この二日だけ。博之が帰って来たって聞いたから。今は受験シーズンだから塾は休めない」

「そうか。あっ、悪い。上がれよ」

「うん」



 俺は美優を部屋に連れて行くと

「ちょっと待ってろ。ジュース持って来る」

「いいよ。それより博之と話をしていたい」

「そうか」


 それからずっとお昼も一緒に食べてお互いの大学生活の事を話した。美優は単位も全部取ったそうだ。バイトも家事も慣れたらしい。

「凄いなぁ美優は」

「うん、頑張っている」


「なあ、彼氏とか出来ないのか。美優は可愛いし、周りが声掛けて来るんじゃないか?」

「ふふっ、実言うともう何回も声掛けられた。でも彼氏が居るからって断っている。しつこい人も居るけど、女の子の友達も出来たから守って貰っている」

「そうか。えっ?彼氏が居るって?」

「うん、目の前に。四年後、いや三年後の為に」

「美優…」


 可愛い顔が思い切りの笑顔で言っている。思い切り抱きしめたいけど、そんないい加減な事では美優に失礼だ。


「なあ、美優。俺が彼女出来たらどうするんだ?」

「うん、三年後に居たら諦める。それまで心の中で予約済み」

「そうか」


 博之に抱きしめて欲しかった。思い切りして欲しかった。でも私からは絶対に言わない。言ったら手の平から砂が零れ落ちる様にこの心の幸せが消えて行きそうだから。


「美優、明日も入れるのか?」


 美優は首を横に振って

「明日の朝帰る。二日休んだのは博之に今日会えるか分からなかったから」

「そうか。気を付けてな」

「うん」


「美優!」

「えっ!」


 博之が思い切り抱きしめてくれた。手を私の背中に回して。私も彼の背中に回した。

「美優、俺は分からない」

「分かっている。博之モテるから」

「美優程じゃないさ」


 私は彼の胸に顔を付けた。でももう涙が出る事はない。ずーっとそうしていると一階から声がした。

「ふふっ、残念だけど」

「ああ、今度は夏休みかな?」

「うん」


 俺は美優の家の玄関まで送って行くと

「またな」

「うん、またね」


 帰って来て良かった。これでまた八月まで我慢出来る。


 俺は家に戻ると声を掛けた父さんに

「何?」

「ああ、バイトの事なんだけどな。去年の夏にバイトしたファミレス覚えているか?」

「うん」

 忘れるも何も最近まで毎日あそこに行っていた。でも言えるはずないけど。


「店長が、何処から聞いたのか知らないが、お前が春休みに時間有るなら手伝って貰えないかって連絡が有ったんだ」

 情報源は山田さんか。


「今、なにか予定入っているのか?」

「何も。家でのんびりしていようと思っていた」

「そうか、あそこでバイトする気ないか?」


 今、俺があそこでバイトして何かメリットがあるのだろうか?好きな本を読んで、どこかに遊びに行って好きな事をしたい。お金に困っている訳でもない。


「あんまりする気ない」

「そうか、では断っておく」

「うん」



 父さんから断りを入れてから二日後、午前九時。まだ寝ている俺のスマホがけたたましく鳴った。実際はそうでもないだろうけど寝ているとそう感じる。画面を見ると山田さんだ。何だこんな時間に?


『もしもし、うーん』

 まだ頭が起きていない。


『長田君、山田です』

『はい』

『店長から聞いた。バイト断ったんだって』

 やっぱり情報源は山田さんか。


『うん』

『なんで?』

『何でって言われてもする理由無いし』

『私と一緒にバイトしようよ』

『理由無い』

『ねえ、お願いだから一緒にバイトしよう』


 また眠くなって来た。

『ごめん、考えてから』


 ガチャ。


 あーあ、切られた。出来れば長田君と一緒にバイトして早く上がれるから一緒に買い物とか夕飯とか休みは一緒に遊びに行くとか出来たのになぁ。

あっ、でも考えてからって言っていた。今彼の脳はお休み中なんだ。じゃあ、夕方もう一度掛けてみるか。


 俺は、電話を切ってから二度寝した。そう寝ているんだけどうっつらと微睡み世界に入れるのがいい。


 それから一時間半位した午前十時半に位になってずっと目が開けられる様になった。頭の中に残っているのは山田さんのバイトの誘い。


 別に行く理由も無いし、家でのんびりと好き勝手するのがいい。


―――――

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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