第54話 キルゾーン


 僕に対してキレてきた寺下さんは、心愛さんにキレ返されて静かになった。



 しゅん、と大人しくなったが、まだ不貞腐れている様だ。小声で『……だって、そいつが……』と呟いている。




 ────ここはダンジョン、敵地だ。


 寺下さんに対して怒っていた心愛さんも、これ以上、揉め事を長引かせるのは得策ではないと分かっている。


 彼の態度の悪さを、それ以上、追求しなかった。





 ……う~ん。


 ────もう、駄目かな。

 僕は寺下さんに対して、見切りを付ける。



 そもそも、僕の対人スキルは、とても低い……。

 彼と良好な関係を築くのは、不可能に近いだろう。



 パーティメンバーが固定されていて、入れ替え不可という環境なら、なんとか態度を改めて貰う必要があるが、メンバーの入れ替えは、比較的簡単にできる。


 彼が邪魔なら……次回の探索で、メンバーに加えなければ良いだけ……。


 それで問題は、解決する。




 だからこそ、どのくらい相手に踏み込んで良いのか、距離を測りかねていた。

 相手に対して遠慮があり、腹を割って話が出来ない。

 

 この状況が、いつまでも続くのは駄目だ。

 こうやって我慢するのは、お互いにとって不幸にしかならないだろう。

 



 今回の探索は早めに切り上げて、村に戻るとしよう……。


 そして、次回の探索からは、彼を誘わない。


 ────よし、それでいこう。




 僕たちは、暫しの気まずい沈黙の後────


「では、次は……この左の道を進みましょうか?」


 ダンジョン探索を再開する。


「うん、そだね!」


 左の通路から順番に潰していく僕の方針に、心愛さんが陽気に賛同してくれた。




「……」


 寺下さんは無言で、僕の指定した道を進む。


 一人でダンジョンを進んでも、単独で魔物と戦う力はない。────どうやら、そのくらいは理解している様だ。





 僕たちは、一本道の通路を進む。

 

 通路を進むと、道が九十度曲がっている場所があった。


 曲がった先に、魔物が待ち構えているかもしれないと、心配になったが、先を歩く寺下さんが、襲われることは無かった。


 ……通路には、モンスターは出ないのか?



 通路の先には、また小部屋がある。


 モンスターは居なかったので、さらに先に進むことにする。




 この後、二つ小部屋を経由したが、モンスターが現れることは無かった。


 通路は九十度に折れ曲がっている場所が二箇所あったが、一本道なので迷うことも無いだろう。



 早く戻ろうと思っていたが、まったくモンスターが出なくなったので、帰ろうと言い辛い……。


 何度か戦闘した後だと、『一旦、帰りましょう』って言い易いんだけどな……。


 そう思いながら、通路を進む。






 通路の先には、大部屋があった。

 

「この部屋は、かなり大きいですね……」


 四角い部屋の壁に、それぞれ三つずつ通路の穴がある。


 けれど、これまでの小部屋と変わらず、ゴブリンが待ち構えていることは無かった……。


 敵はいない、けど……。



 ……なんだろう?


 …………嫌な、予感がする。




「地図描くから、ちょっと待っててね」


 心愛さんが地図の製作に入る。


 僕はそれを見ながら、描き間違いがないかチェックする。


 こういった作業は、複数人で確認した方が良い。




 寺下さんは、その間、大盾を地面に立てかけて、休憩していた。


 彼が座っているのは、ちょうど、この大部屋の中央だ。



 

 最初の二部屋以外に、敵は居なかった。

 僕たちは運よく、敵のいないエリアを歩いてきたのだろう。


 けれど、この大部屋に、全く敵が居ないというのは……。

 


 ────何か嫌な予感がする。


 僕は周囲を警戒することにした。



 洞窟内は薄暗いが、この大広間は見晴らしが良い。


 部屋をこうして見渡していれば、通路から敵が現れても、すぐに発見できるだろう。





「出来たー、これで良いっしょ!」


 心愛さんが、地図を描き終える。


 その時────



 洞窟内を照らしていた松明が、一斉に消えた。


「……っ!!」


 僕は臨戦態勢になる。




 照明が無くなったことで、洞窟内を暗闇が支配する。


 それと同時に、通路からゴブリンたちが、部屋になだれ込んできた。







「……ん? あ、あれ……?」


「えっ? ちょっと、なにこれ────? 停電なんですけどー」


 寺下さんと心愛さんが戸惑っている。




「どうなってんだよ、もうっ!」


「真っ暗で、何も見えない~~、ジローちゃん、どこぉー?」


 ────二人とも、見えていないのか?

 


 どうやら二人は、暗闇で目が見えなくなっている様だ。






 コボルトの谷を徹夜で攻略した時、僕は暗闇の中でも、視界を確保できていた。


 このゲーム世界では、皆そうなのだと思っていたが、違うらしい────



 僕の魔力属性が『闇』だから、それでなのだろうか……?


 ……いや、そんな考察は後だ。


 


 この大広間に、なだれ込んできたゴブリンは、かなりの数になる。


 その上、心愛さんと寺下さんは、視界を奪われている状態だ。



「敵が現れました! 数が多い!!」 



 僕は出来る限りの大声で、敵の侵入を仲間に知らせる。



 そして────


「ココアさん、その場に、しゃがんでいて下さい!!」


 心愛さんに指示を出す。



 この状況で、最優先にすべきは、ヒーラーである心愛さんを護ることだ。


 動き回られるよりも、じっとしていて貰った方が護りやすい。


 

 二人の目が見えないのは、もう、どうしようもない。


 暫くすれば、暗闇に目が慣れるだろう。







 四方から侵入したゴブリンの総数は、正確には分からない。


 ぱっと見で、30以上は居るだろうと、当たりを付ける。

 


 僕は敵の数を減らす為、ダークショットの散弾を三つ製造する。





 ヒュッ、ヒュッ────

 ヒュッ、ヒュッ────ヒュッ、ヒュッ────



 暗闇の中を、矢が飛んできた。


 全部で六本────


 いや、追加でもっと来る。




 僕は心愛さんの前に立ち、矢を遮るように陣取る。


 そして、右手に装備している盾で、顔を守り、左手を胸の前で握りしめる。



 防御を固めて、敵の攻撃に備えた。








 僕たちの後ろから現れたゴブリンは、弓装備が多い。


 ────雨のように、矢を降らせてきた。




 自分の身体を盾にして、心愛さんを護る。



 僕の防具は、防御力の高い戦士装備に移行してある。


 当たり所が悪くなければ、致命傷を負うことは無いだろう。




 ────ガゴッ! カァン! ギィン! ガッ!!



「くッ────!」


 それでも、まあ──

 痛いものは痛い……。




 弓の矢尻は鋭い金属だ。


 そんなものが高速でぶつかるのだから、痛いに決まっている。


 

 ────でも、耐えられない程ではない。


 降り注ぐ矢が、切れるまで我慢だ。





 敵の攻撃に、切れ間が出来た。


 僕はゴブリンの群れに向けて、散弾を三発、立て続けに放つ。


 ────ドウッ!! ────ドウッ!! ────ドウッ!!

 


 敵の遠距離攻撃部隊への、範囲攻撃────



 弓で攻撃してきた8匹のゴブリンは、すべて地面に倒れている。


 ゴブリンの耐久力は、高くない。


 攻撃にムラのある散弾だが、生き残りはいない。

 時間が経てば、黒い塵となって消えるだろう。


 敵の遠距離部隊は、始末した。


 だが、その隙に……。




「ぐぎゃ、ぎゃぎゃぎゃっ、ぎゃっ────」


 左右の通路から現れた、ゴブリンの近接部隊が、僕達に接近していた。

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