第34話 崖の下へと
コボルトの谷に到着した僕は、崖に添って歩く────
周辺を探索して、谷の底へと降りれそうなポイントを探した。
先ずは崖の側で、手ごろな木を探す。
木を見つけたら、崖を見下ろして壁面の様子を確かめる。
なるべく下りやすそうな、形状の壁面を選んで下りたい……。
「ここにするか。────ん?」
木にはすでに、ロープが巻き付けられていた。
……先客がいたのか?
他の冒険者が、ここからダンジョンに入ったのだろう。
僕はロープを辿り、その先を確認する。
……。
…………ん?
ロープは崖の途中で、切断されていた。
自然に千切れたというよりは、意図的に切断されたように見える。
崖の下から上に登ろうとしても、登れない様に……。
誰かに切られたのか────?
プレイヤー同士の喧嘩とかかな……。
「……う~ん」
────まあ、ここで悩んでいても始まらない
僕は気にせずに、ここから下へと降りることにした。
まずは、村を出る前に購入したロープを取り出して、木に巻き付ける。
ロープを引っ張り、きちんと固定されていることを確認する。
そして、下へと降り始めた。
崖の底までは、かなりある。
道具屋はロープの長さは、100メートルだと言っていた。
このロープは恐らく、この谷を降りるために用意された道具だと思う。
だとすると、谷の深さは100メートルくらいか、もしくはそれよりも短いくらいなのだろう。
────落ちると死ぬな。
崖の縁に立つと、恐怖心がもたげてくる。
僕は恐怖を振り払うように、ロープを握り締め崖を降り始めた。
崖の壁面に所々ある出っ張りを、上手く伝って、少しずつ下りる。
恐怖心はあるが、命綱のロープもあるし、足場も多い────
慣れると、とんとん拍子に移動できる。
意外と簡単に下まで行けた。
ロープの長さには、まだまだ余裕がある。
────崖の高さは100メートルよりも、ずっと短かった様だ。
僕は崖の底に降り立った。
「な、なあ、あんた……そのロープ、使わせてくれないか?────金なら払うからよ」
崖の下に降りた僕は、いきなり他のプレイヤーから声をかけられた。
「あっ、はい……」
僕はいつもの癖で、いつもの返事をする。
「おお、サンキューな! やったぜ!! こっから出られる!!」
崖の下には、三人組の冒険者がいた。
彼らは崖を下りる僕を見て、近寄り声をかけて来た。
多分、途中で切れていたあのロープを、使っていた冒険者パーティだろう。
崖の下から上へあがれなくて、困っていた様だ。
三人組の冒険者の内の一人が、僕に話しかけたリーダーらしきプレイヤーと話し始める。
「……なあ、別にこんな弱そうな奴に、金を払うことないんじゃないか?」
「あっ、ああ。そうだな。……でも、最初に払うって言っちまったし、今更……」
────相談し始めた。
「良いじゃねーかよ。別に、────なあ、お前! 良いよな? 俺たちがこのロープを使っても……別に減るもんじゃねーし」
……まあ確かに、減るものでは無い。
ひょっとすると、耐久値の設定なんかがあるのかもしれないが……。
あった場合は、ロープの耐久値は減るかもしれない。
だけど、どうせ僕はこのロープを、この先使う予定はない。
無料で提供しても、惜しいものでは無い。
「あっ、はい……別にいいですよ」
僕は提案を了承した。
値段交渉するのも手間なので、あっさりと引いておいた。
「やりぃ! 話が分かるじゃねーか、小僧!! そうだ、良いこと教えといてやるよ。────この谷でな。テントを使って朝起きるとな、ロープが途中から切れてて崖を登れなくなるんだよ。……どうやら、コボルトの奴らが、夜の間にロープを切っちまうみて―なんだ。────お前も気ぃ付けろ」
「あっ、はい……」
なるほど、コボルトが夜にロープを切ったから、彼らは谷から出られなくなっていたのか……。
『コボルトの谷』は『スライムの森』とは違い、出入りは自由にできる。
だけど、テントを使用するとロープを切られてしまい、出られなくなるというトラップがある。
僕は今回のチャレンジで、ボスを倒す気でいる。
どのみちここから出る気はないので、ロープを切られても問題は無いが、このゲームの罠の傾向を知れたのは大きい……。
今後、何かの役に立つかもしれない。
三人の冒険者はロープを伝い、上へと登っていく────
「じゃあ、このロープ、ありがたく使わせて貰う」
最初に僕に声をかけた人が、ロープに手をかけながら、僕にお礼を言った。
「あっ、はい……別にいいですよ。貴重な情報を提供して貰えましたし……」
冒険者同士、持ちつ持たれつだ。
「そうか、改めて、ありがとう。────俺達もNPCの仲間が戦闘で死んじまって、パーティを立て直すのに金が要るんだ。……礼を出せなくて悪かったな────ああ、そうだ。この辺りに、ボスはいなかったぞ。俺たちはポイントを変えて出直す予定だが……谷の周囲はモンスターも強い。────駄目そうなら、すぐに崖を登った方が良い」
色々と追加でアドバイスをしてから、崖を登って行った。
僕としては、お礼は情報だけで十分だ。
……彼らはたぶん情報屋を利用せずに、攻略をしているのだろう。
手探りで、ボスを探している。
情報屋にお金を出して、情報を買っているプレイヤーは少ないのかもしれない。
────そういえば、情報料はかなり高額だった。
利用したくても、お金に余裕がないのかもしれない。
他のプレイヤーと接触すると、様々な情報が手に入る。
────意図せず、他所のパーティの進捗状況も、知ることが出来た。
今日は二つのパーティと、会話をすることに成功した。
「……僕のコミュ力は、かなり上昇しているぞ」
これは自惚れではなく、客観的な事実だ。
少し高揚しながら、僕はダンジョンの攻略を開始した。
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