第17話 逃亡
目を覚ますと、そこはテントの中だった。
…………。
ああ、そうか……。
僕はゲーム世界に、ログインしたんだった。
ダンジョンを攻略中にアイテムを使い、体力と魔力を回復させたところだ。
今日は『スライムの森』攻略の、大詰めになる。
────気合を入れて行こう。
僕はテントから出る前に、ステータスを操作し、貯めておいたボーナスポイントを全て、『俊敏』に割り振った。
手持ちのボーナスポイントは26なので、俊敏を26から52まで上昇させることが出来た。
これで俊敏の数値が、二倍になる。
ステータスは数値が二倍になったからといって、これまでより二倍の速さで動けるようになるとか、そういう単純なものでは無い。
────だが、これまでよりは、素早さが増したことは確かだ。
僕の特技『スロウ』は間違いなく、これから切り札になる能力だ。
その効果を最大限に活かすために、ステータスを強化した。
そして、外に出る前に抗麻痺薬と抗毒薬を服用する。
攻略スピードを優先して、準備は万全ではないが、打てるだけの手を打ち、最善を尽くした。
────さあ、勝負だ。
僕はふんどしを締め直し、テントの外に出た。
「チッ! 一人だけテントで寝やがって、ゴミ野郎が!!」
テントから出た途端に、怒られた。
僕に向かいスズヨウさんが、おなじみの罵声を浴びせてくる。
この人は僕に対し、いつも怒っている。
────よく飽きないな、と感心する。
テントの中はプレイヤーのセーフゾーンだから、NPCは許可なく入れない。
僕に敵意を持つスズヨウさんに、寝首を搔かれる心配なく休める空間だ。
NPCも入れようと思えば入れれるようだけど、入れる訳がない。
スズヨウさんは、外で焚火の番をして貰っていた。
「────おいクソガキ、飯はねーのかよ?」
「ああ、すみません。用意してません」
ゲーム内では、食事を摂ることも出来る。
プレイヤーは食事を摂る必要はないので、失念していた。
食べなくてもいいが、食べておいた方が元気が出る。
NPCと行動を共にする時には、その辺りの配慮も必要になるらしい。
これは僕の失敗だな。
────僕は反省した。
今後は、気を付けよう。
「すみません、じゃねーんだよ。泊りがけでモンスターを討伐するのに、飯の用意がないとか、マジか? ────お前? それでパーティのリーダー? 勇者? ふざけんなよ。なあ!! ちゃんと土下座して、謝れよ!!!」
……。
…………。
────ドウッ!!
シュゥゥウウウ~~~~……。
僕の放ったダークショットが、スズヨウさんの足元の地面を抉り、小さく煙を立てている。
僕は左手を銃の形にしたまま、それをスズヨウさんに向けてお願いする。
「────あの、食事の件は僕のミスでした。ごめんなさい。……それで、えっと、これからボスを迎え撃つ準備をします。これ以上、手間をかけさせないで下さい」
……。
「…………くッ!」
スズヨウさんは僕を睨みながら、不満そうに黙った。
不満があるのは僕の方だ。
ダークショット一発分、無駄打ちさせられてしまった。
いや、彼を制御する為の必要経費だと考えれば、無駄ではないか……。
僕がそんなことを考えている間に、テントが跡形もなく消えていく。
プレイヤーがテントの敷地から出たので、アイテムが消滅する。
そして────
テントが無くなったことで、その効果も消えることになる。
モンスターが、出現した。
ドウッ!! ドウッ────!!
ダークショット二発で、グレースライムを一匹倒した。
僕は森の開けた場所、空き地の中央に陣取っている。
スズヨウさんに周囲をうろついて貰い、敵を誘き寄せ、僕が倒している。
これまで、ブルー三匹、レッド二匹、グリーン三匹、イエロー二匹、グレイ二匹を仕留めている。
僕が数え間違いをしていなければ……。
あとグレースライム一匹倒すと、ボスの登場だ。
MPはもうじき半分になるか、ならないかくらいだと思う。
……この魔力でボスを倒せるのか?
テントは、もう無い。
ここで今日、決めないと────
僕に少し、焦りが生まれる。
スズヨウさんが森に入り、魔物をおびき寄せて、こちらに走ってくる。
引き連れてきたのはイエローが二匹に、グレーが一匹。
一瞬迷ったが、ダークショットを二発撃ち込み、先にグレーを倒す。
イエロー二匹が、僕とスズヨウさんを襲う。
────ドッ!!
イエロースライムの体当たりを食らった。
僕は抗麻痺薬を服用しているので、イエロースライムの攻撃で麻痺は入らない。
それに防具を揃え、防御力を上げている。
一撃食らったが、許容範囲のダメージだ。
僕は敵の攻撃を受けた後、落ち着いて弾を二発用意し、イエロースライムに狙いを付けてダークショットで始末した。
スズヨウさんもイエロースライムの攻撃を受けたが、運よく麻痺は入らなかったようだ。
攻撃を受け倒れていたが、痺れてはいない。
スクッと起き上がる。
……ッ!!
突然、森の奥から凄まじいプレッシャーが放たれた。
ずぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!
グレースライムを仕留めた場所の、さらに奥……。
森の暗闇から、凄まじいオーラが発せられている。
────ボスの登場だ。
僕の身体が、恐怖で強張る。
どっ! どっ! どっ! どっ!
木々をなぎ倒し、巨大な液体が森の奥から接近してくる。
スライムの森のボス────
スライム・キングだ。
色はノーマルスライムと同じブルーだが、その大きさが全然違う。
その頭には王冠をかぶり、身体には豪奢なマントをまとっている。
────スライムの王様だ。
「うっ、うわぁぁっぁあああああ~~~~~~~~~!!!!」
僕の隣にいたスズヨウさんが、大声で叫び逃げ出した。
彼は出現したスライムキングの、反対方向へ走っていく。
そして、何を考えているんだ────?
逃げる途中に、わざわざ短剣を収めた鞘で木を叩き、カンッ、カンッ、カンッカンッ、と大きな音を立ててから逃げた。
……。
彼の立てた音に引き寄せられるように、森に潜んでいたスライムがこの場に顔を出す。
────それが狙いか。
スズヨウさんが暴れながら逃げたせいで、レッドスライムが二匹と、グリーンスライムが一匹が、この戦場に出現してしまった。
正面にキング、背後にレッドが二匹とグリーンが一匹────
スズヨウさんは、森の中に消えた。
僕は一人で、モンスターに取り囲まれている。
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