【ラスト・パラダイス】 一人ぼっちのダンジョン攻略

猫野 にくきゅう

第1話 僕は、ゲームに誘われた


 退屈な時間が始まる。


 『退屈』というよりも、『居た堪れない』時間か……。


 もしくは『居心地の悪い』でも良いかもしれない。




 今日の二限目の数学の授業が終わり、三時間目の国語までの時間。

 大半のクラスメイトは仲の良い者同士で集まり、思い思いに喋り出す。


 僕は友達がいないので、一人で椅子に腰かけたままだ。



 この教室は、僕の居場所では無いのだと思う。

 他人の家に無断で上がり込んで、居座っている様なものだ。




 ────居心地が悪い。


 僕はすることもないので、数学の復習と、国語の予習をする。


 僕は休み時間に、勉強していることが多い。


 別に勉強が好き、という訳ではない。

 やることがないから、やっているだけだ。




 

 でも、この習慣のおかげで、塾に通っている訳でもないのに、成績上位を維持している。


 やらないよりはいい。

 無駄にはならない────



 僕がそんな風に心の中で、謎の言い訳をしながら勉強していると、クラスメイトが話しかけてきた。



「ねえ田中、ちょっといい? ────田中ってさ、ゲーム好き? 得意そうだよね? ────どう?」



 クラスメイトから話しかけられるなんて、何か月ぶりだろう。

 ……珍しいこともあるものだ。



 しかも、話しかけてきた相手は、クラスで一番可愛い美少女だった。


 『冷泉玲理』(れいぜい れいり)────。

 運動もスポーツも得意で、コミュニケーション能力も高く、男女から分け隔てなく好かれている人気者だ。



 そんな彼女がどうして、僕なんかに声をかけて来たんだ────?

 ゲームがどうとか言っていたが、頭がテンパっていて上手く整理できない。


 冷泉が話しかけてきたことで、他のクラスメイトの視線も集まってくる。

 緊張が増して、嫌な興奮状態になる。



 否定的な言葉を発するのは、不味いよな……。


 …………。



 取り敢えず肯定しておこう。


 僕は────


「う、うん……」


 とだけ言って、彼女の言葉に頷いた。


 何が『うん』なのかは、分からないが……。







「そっか、やっぱり上手いんだ。────じゃあさ、手伝って欲しいゲームがあるんだけど、協力してくれないかな? ……ダメ?」


 彼女は小首をかしげて、可愛らしく聞いてくる。


 ────僕は彼女から、何かをお願いされたようだ。


 ……ゲーム?


 まあ、何とかなるだろう。



「べ、別に、構わない……」


 取り敢えず、了承しておいた。

 クラスの人気者からの『お願い』を、この場で断れる訳がない。



「やったあ、ありがと! 詳しい話は、また後でね────」


 彼女はそう言うと、仲良しグループの所に戻り、友達とのお喋りを再開した。







 僕は緊張で、頭に血がのぼっていた。


 どんなゲームの手伝いをすればいいのかは、定かではない。

 どうやら、詳しい話は後で聞けるらしい。


 安請け合いをしてしまい、どうしようかと不安だったが──

 話を聞いてみて、無理そうならその時に断ろう。






 ────冷泉に話しかけられた僕の事を、何人かの男子が睨んでいる。


 僕は慌てて勉強に戻る。



 僕を睨んでいた内の一人が冷泉の所に行き、『ゲームなら、あんな奴より俺の方が……』とかなんとか言っている。


 僕は彼らと目を合わさない様に、睨まれていることに気付かない振りをして、勉強を続けた。







 僕はクラスメイト達から、随分と下に見られている。


 

 ────それは、まあ……しょうがないかなと思う。


 背も低いし力も弱い、スポーツも得意ではない。

 勉強だけはそこそこ出来るが、トップクラスという訳ではない。



 なにより友達と呼べる存在が、一人もいない。

 これが致命的だろう。



 僕は存在感がないからな。


 クラスでもほとんど、『いない者』として扱われている。

 筋金入りの、陰キャだ。




 そこに不満がある訳ではない。


 ────というよりも、自分から人と関わろうとせずに、クラスでも出来るだけ存在を消そうとしているのだから、そうなるのは当たり前なのだと思っている。


 

 僕には、友達がいない。


 友達を『作らない』のではなく、作る能力がない。

 そして、努力もしていない。


 一人で寂しくは無いのかと疑問に思われるかもしれないが、寂しさは感じない。

 学校生活を送るうえで、友達がいないと不自由が多い。

 

 困ることはあるが、寂しさは無い。



 きっと僕の心には、大事な何かが欠けているのだと思う。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 冷泉からゲームの手伝いを、お願いされたその日の夕方────


 僕は母に頼まれて、近所のコンビニに買い物に出ていた。

 麵つゆが切れていたので、お使いに出た帰りだ。



 ついでにアイスを一つだけ買っていいと言われたので、練乳の入ったミルク味のやつを購入して、食べながら歩いている。


 時刻は、夜の七時を回った頃だ。


 今日は月明りもない。

 真っ暗な道を、僕は歩く。


 

 家の前に、車が一台止まっていた。


 

 ────家に客でも来たのか?


 訝しげに思いながらも、家へと歩いて行くと、車のドアが開いて美少女が出てきた。そして、僕の方に駆け寄ってくる。



「ちょうど良かった。田中っ!」


 冷泉玲理だった。


「ほら、今日学校で言ったでしょ。手伝って貰うゲーム! 渡しに来たんだ。────はい、これ!」


 そう言うと、彼女は手に持った紙袋を、僕に押し付ける。



「『田中から借りてたノートを返す』ってことにして、お父さんに送って貰ったんだ。────お家にお邪魔する前に、会えてよかったよ。……じゃあ、このゲーム。なるべく早く、強くなってね」



 僕が紙袋を受け取ると、冷泉は車に乗り込み、父親と共に走り去った。


 

 後には、麺つゆとアイスの棒と、紙袋が残されていた。



 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 僕は夕飯を食べてから、風呂に入り、部屋で紙袋の中身を確かめる。



 袋の中にあったのは、ペンダントだった。




 ────なんだ、ゲームじゃないのか? 


 一緒に入っていた説明書を読むと、これが最新のゲーム機らしい。



 …………。


 ……。


 なんでもこのペンダントを付けて眠ると、ゲーム世界に入り込み、まるで現実のような体験が出来るのだそうだ。



 僕はゲームをほとんどしたことがないので分からないが、これが最新モデルなのだろう。



 使い方は……。

 これをかけて眠ればいいらしい。

 

 ────なんだそりゃ?

 と思いながらも、僕は説明書通りにペンダントをかけ、ベットに横になる。


 

 眠るまでの間、スマホでゲーム機を検索してみる。



 ゲーム世界に入り込んだような、体験の出来るゲーム……。



 ゴーグル型のゲーム機があるみたいだ。

 だが、ペンダントをかけて、眠ってプレイするようなゲームは出てこなかった。


 ────なんで、情報が出てこないんだ?




 不思議に思いながらも、取り敢えずやってみることにする。


 寝転びながら、目を瞑る。

 ────僕の意識は薄れて、眠りに落ちて行った。




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