20前進と行進
「待て!ガブ!!」
「それ以上近づくな、なんか様子が可怪しいぞ!!!」
斥候として廊下にしては長大すぎるほど広く永い長廊下の果てにあるその
大回廊と言う割に大部屋はたしかに怪しい、と他々人が言うとそうじゃないという風にアナスタシアはドローンを左右に振った。
「大回廊ってーのは階層を繋ぐでっかい通路みたいなもんだから暫定的にそう言われてるだけで、実際のところ長い螺旋階段だったり大橋だったりここみたいに大部屋だったりってのも珍しくはないんだ」
「そして階層の節目だからか大回廊には中ボスみたいなモンが配置してることがある」
「その他になんでかしんねーけど大当たりな中身の[code]が置いてあったり、探索者の体調を回復させる泉があったり、大規模な罠があったりもする」
「その中で一番多いパターンは何もないことなんだ」
「それなのにこの大回廊は
「おれ様の〈automap〉にはこの部屋は空だと記されている」
「けど超ハッカーのおれ様は騙されんぞ!」
「並行的に発動してる〈scan〉すらそこに何も無いと主張してるけどおれ様の〈wave〉には
「おれ様の〈code〉すら騙す偽装!
厳しい声色でこちらを覗くアナスタシア、言外でもうここで諦めろとその視線が語っている…気がする、正直カメラ越しではわからない。
が、アナスタシアの言葉を疑う余地は他々人にはなかった。
アナスタシアの技量と知能ですら安全を確保できないだろう危険地帯、それがこの先に待っているのだと他々人は正しく理解した。
アナスタシアにとってみれば屈辱にもほどがあった。
たかが脅威度5の[異界]、[新世界]の同じ脅威度の[ダンジョン]より難易度は二段階増しでも、たとえ愚神の使徒が遺した忌み物で送り込まれた悪意ある行先だとしても、アナスタシアにとっては変わらず鼻歌混じりで他々人を傷一つつけず連れ回すことが楽勝にできる筈の
正直に言えば軽く見ていた、お遊び同然に
反省はしない、見込みは違ったがアナスタシア自身の行動はこのダンジョン探索開始の時点から全くもって最善を逸していない、誰よりも前向きであることをモットーにしている彼女には後ろを振り返り俯いている時間など全くなかった。
だから
「覚悟しろ、タダヒト」
「もう戻れない、いつの間にか大回廊から5層へと戻る道が消えちまってる」
だからこそ
「ここで籠城してもムダだ、[異界主]に狙い撃ちされてる今の状況じゃ他々人本人か迎えに来たおれ様を隔離して更に展開が悪くなる」
「タダヒトはおれ様が絶対無事に帰してやる、いざとなったら奥の手もある、けどこっから先は必ず性格の悪い罠がある」
「だから覚悟しろタダヒト、タダヒト自身が気合いを入れて身を構えてないと、
「わかった」
わかった、と他々人は言ったものの、心持ちは全く変わっていなかった。
なぜなら
アナスタシアを気遣うように[現実世界]に直接迎えに来られることを拒んだものの、本当に[現実世界]に一時たりとも姿を晒したくなかったのは他々人だった。
こんなおどろおどろしい[異界]を彷徨っているのに、そこには他々人の丈三倍はあろう怪物がうろついているのに、他々人にとって一番恐れていることは、[凡人]の[欠陥品]がそこらを歩いていると、[企業]の[私設警備]に通報されることだった。
そうなってはならない、他々人が[企業]に捕まれば、手段を選ばず意思を問わず情報を搾り取られ、あそこから逃してくれた先輩にまで尋問の手が及ぶ。
社会的地位、血筋が良いという先輩ならばもしかすると[企業]の手を逃れることも可能かもしれない、けれど他々人はそんな甘い見込みを当てにしなかった、よもやすれば[自死]、万が一[企業]の[私兵]
に囲まれることがあれば自らの〈code〉で象られた銀剣で己が首を掻き切ることも覚悟していた。
そんな他々人のおよそ切羽詰まった内心など知らず、真剣な瞳だけを見てアナスタシアは他々人にも覚悟は出来ていると判断した。
そして一同は、示し合わせた訳でもなくほぼ同時にその大部屋と長廊下を仕切るには小さな小さな引き戸を見た。
その大部屋の周りの木壁と引き戸だけは劣化もなく、趣深い、まるで大事なものを置いてある倉のようだな、となんとなく他々人は思った。
「
「がゔ!」
この[異界]は[現実世界]にあり[リセット不可]だという。
それは[現実世界]の[異界]は構成要素が愚神由来に偏り[電子]に頼る部分が少ないことと、単純に[リセット]するにしても[電網世界]の住民の[魂魄]を保持してる[魂魄機関]のアーカイブとの繋がりが薄すぎて機能が上手く働かないせいだ
(ちなみに[公社]由来の配信機能も一切ここでは機能していない、アナスタシアがドローンを介してこの[異界]側に接続してきたことの偉大さを鼻高々に自慢してそれを聞かされた)
。
[異界]での[死]は[魂魄]を損傷させる。
アナスタシアから教えてもらった。
魂魄が損傷している[異界]で死亡した探索者を蘇生するには、その死体を[電網世界]における病院施設か研究所に持っていかなくてはならない。
[魂魄機関]による魂魄維持調整回復機能を備えたシステム[リバイヴ]は、警備上の観点という理由を持ってしてそれらの施設にしか配備を許可されていないからだ。
そして魂魄の損傷具合が酷ければ酷いほど蘇生できる確立も下がっていく。
それを無視して[魂魄機関]に保管された[魂魄]で患者を蘇生したとしても、蘇生された患者はなぜか意識を回復しない。
[魂魄機関]でも未だに解明できていないが恐らくは[
そんな危険性が甚だしい[異界]でゴブリンたちを今までどおり出し放しにしても良いものか、と他々人は始めのころにアナスタシアに尋ねている(無論ゴブリンたちはこの期に及んで、と他々人にポコポコ抗議していた)
。
それについてアナスタシアはあっさりと心配無用だと答えた。
ゴブリンたち傀儡で他々人と繋がりを得たモンスター[マリオネット]は、他々人のストレージの中に魂魄を保管されている、という。
例えその顕現された体を傷つけられようと、[死]を免れないダメージを負っても、[マリオネット]の体に魂魄はなく、消滅して再び他々人のストレージの魂魄から参照されて顕現するだけ。
ゴブリンたちのストレージからの顕現は、他々人たちでいう[リセット]に近いようなもので、その機能を無視してゴブリン達を斃すには、[愚神]がしたように視認すればストレージ内の[魂魄]にまで伝播するようなダメージを与えるか、他々人を直接斃して元を断つしか方法はない、と。
それでも少しの心配を心に浮かべつつも、他々人は
一番マズいのは他々人が奇襲で対応する間もなく殺されること。
比喩ではなく実態として二匹分の
「…がゔ」
いつもと変わらないようでいて少し納得のいってない気持ちを押し込めた声。
念話で伝わっているが、たしかにその部屋には危険性があるものは何も見当たらないという、斥候役としてのスキルがあるわけでもないガブは
それでも不審だ、この部屋にはなにかある気がするぞ、という猜疑も同時に。
「よし、行くぞ、みんな」
なぜなら後ろを振り返ればあれほどまでに長かった廊下の端が、今ではもう、すぐそこまでに見えている。
あからさまに、背を押す意図が見透ける。
アナスタシアを見習いここは前進するしかない、と他々人は今再び覚悟を決め引き戸に手を掛けた、どうしようもなく心臓が脈打つ音が頭の中を駆け巡っていた。
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