19隠行と浸透
結局、話し合いに決着はつかず、結論としては折衷案でいくことになった。
「タダヒトもガンコだなー、おれ様にぜんぶ任せればいいのになー、そうだろー?そう思うだろー?ヴィー?」
「ゔぃー?」
ごねるように
「がゔ」
斥候役を買って出た
そう、最終的にはこの[異界]の外を目指す事となった、ただし条件つき。
「一回でも見つかったら!ミスしたら!そしたらもう近くに結界張って封印して待機だからな!」
「わかったよ、アナ」
「むー…」
なんど繰り返したかわからない念押しを再び確認される、よっぽどの不満だろうに、先の話し合いでも最終的には他々人の甘い見通しを半ば呑み込んでしまった。
なんというか、あれだけ厳しくいくと言ってたのに甘々だな、と他々人は思った。
ぎしり、と軋む古ぼけた床板の傷んだ箇所を用心しながら歩む、軋む音はアナスタシアの〈code〉で隠せても、傷んだ床板を踏み抜き足を取られれば、姿は見えなく音も聞こえないとしても徘徊するモンスターにぶつかりさすがに気づかれる恐れがある、そう他々人は思い慎重に行動した。
『がゔ』
先行していたGBから念話が届く、噂をすれば影ということか、巨大な影が廊下の向こう側からやって来る。
〈prisoner of hell[牛頭]〉
他々人の〈code〉の熟練度では〈access〉しただけで感知されかねないと教えてもらったためアナから送信してもらったデータが他々人の視界に写る、
「勘違いしてるやつらが多いけどその特記事項なしってのが一番しんどいんだぞ!つまるところ特殊能力とか体力段階での行動パターン変化にリソースを割いてないってことだから純粋に戦闘能力が高いんだ!!」
「ま、コイツは雑魚だけどな!」
信じられないことにアナスタシアが言うには廊下を埋めるほどの巨体をもつこの牛頭でも思比良屋敷の中では最下層に位置する雑魚だという。ゆえに馬頭という相方のような怪異とともに哨戒役を任じられてるとのことだ。
その巨体の癖になぜか床板を壊さず軋みも静かにしか鳴らさずに牛頭が他々人たちの目の前を通り過ぎた。
反対側の角を曲がり、やがて気配が消え去ったころ
「ぎーゔぃー…」
やれやれ、といった感じで
この廃屋は武家屋敷だ、当たり前だが廊下脇には障子戸を開ければ小部屋が覗く、だから廊下一杯になるほどの巨体ですれ違うことが不可能な敵が現れてもすぐに隠れることが出来る。
こちらが部屋から外に出ると同時、先行していた
それからは同じことの繰り返しでひたすらに廊下を進んだ、たまに馬頭ともすれ違ったがその時もなんらこちらに気づかず通り過ぎていった。
嘘のようにあっさりと、まるでいつものことだというように。
「んふふふーんふーんふふふーんふーん」
アナスタシアが鼻歌を響かせながら〈code〉を放つ、というよりも退路の探索を開始してから常に定期的に放っている波動、一度聞いてみたが内容が先進的すぎて全く他々人には理解できなかったそれが頭のすぐ脇からぶわりとまた放たれた。
その波動が放たれるたびに他々人の視界にはおかしな現象が起こる、ぶわり、ばさり、ぶわり、ばさりと、波が目の前を通るたびに周りの風景が幕のごとく波打つ。
他々人にはわかっていなかったが、それは恐ろしく高い技術と知能で行使される〈code〉による空間への干渉行為だった。
通常ダンジョンや異界への〈hack〉というものを行うにはまずその[場]自体を枠として囲い限定してから防壁の攻略に取り掛かるのが定石だ。
当たり前だが単純にそこらにある小石一つとってもそれはダンジョンの所有物で、範囲指定しなければその小石に〈access〉したとしてもダンジョン全体を相手にしてると認識される。
それを限定し、隔離してなるべくダンジョンからの力の供給をなくし防壁のレベルを下げて〈hack〉するのが通常であり、アナスタシアのように定期的に干渉波を放ちそのダンジョン自体の法を捻じ曲げるなど、控えめに言って人間業ではなかった。
なぜならダンジョンの防壁をクリアして〈code〉によるスキルを行使するのと、〈code〉によりスキルを駆使してダンジョン自体に干渉するのは結論は一緒でもやっていることは全く別物だったからだ。
簡単に言えばアナスタシアはその〈code〉により発生する波動そのものでダンジョンの仕組みを弄っている、ほぼオートで行使され感覚的にパズルを解くような感触で実行される普通の〈hack〉とは違い、アナスタシアは波を放ち[電子]を撒いて、空間の隙間に埋めて強引にその波動が届く範囲全てを支配下においている。
その干渉行為に必要な計算も、波動と空間操作の〈code〉を用意するための並列処理も、同時並行的にこなしつつ。
そしてその自由自在にアナスタシアの意の下に操れるようになった空間を幕のようにひるがえし自分達をその裏側に隠すことによって隠形を成している。
よって、他々人たちが行っていた警戒も、隠れ身も、本来は必要なかった。
なぜなら今の他々人たちの状態は、目視出来ない幽霊のように存在が不確定で、空間の幕の裏に隠されて物理的接触すら透過して空間の表からは一切の干渉が不可能になっていたからだ。
言ってしまえば裏面に入ってしまったようなもので、視界自体はそれもまたアナスタシアによる〈code〉で違和感なく確保出来ているものの、座標は全く同じだけど違う場所を歩いているようなものだった。
この行道が始まって以降アナスタシアは他々人の肩を己が占有地といわんばかりに占領していた、少女らしい可愛らしい声が響く鼻歌はともかく定期的に放たれる波動に参りさすがに他々人も抗議したがアナスタシアの泣きそうな「だめか…?」というねだりに陥落し既に諦めていた。
そのアナスタシアの鼻歌が唐突に止み、真剣な声が放たれた。
「着いたぞタダヒト」
「階層の継ぎ目、大回廊だ」
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