3手紙
この世界において、郵便というものは殆ど機能していないと言っていい。
旧世界においてすらほぼ全ての伝達事項はウェブ上のやり取りで済ますことが常識になっていて、郵便受けに溜まるのは宣伝チラシや怪しい勧誘くらいだったが、ことこの電網世界において郵便というシステムを使うことは[公社]以外に許可されていない。
それ以外の何者が勝手に郵便受けになにかを入れようとしてもそれは、迷惑物として電子的に処理される。
だから今、そこでわずかな物音を立てて、遠慮がちに存在を主張してきたそれは、たしかに[公社]からの郵便物だった。
「…?」
かすかに驚きながら玄関に近づき郵便受けを確認した、ありがちな茶色の封筒が味気なく放り込まれていた。
[公社]はこの新世界において、旧世界における政府や王朝とかいったようなわかりやすい権力としてというよりは、唯一神だとか自然の法則のように、絶対のルールとして人間味のカケラもなく存在していた。
「………探索者制度のお知らせ?」
だからこそまるで赤紙でも貰ったかのように少しビビりながら茶封筒を開いて中身を確かめたけれど、そこに書いてあったのは要領を得ないまるで戯言のようなものだった。
[探索者制度のお知らせ
◯月✕日に、探索者制度の説明会及び承認手続きを開始致します。制度の活動内容及び報酬や規則については当会場にて詳細を説明致します。
本通知を受領致しました皆様方においては、当探索者制度における適正因子が確認されたことを認め、可能ならば現地会場に出向していただき本制度に就任する意思の可否を伺いたく存じます。]
ほぼ何の詳細も書いてないただ要件を単刀直入に押し付ける簡潔すぎて逆になにもわからない事務的すぎる手紙。
これが[公社]以外から来た手紙だったなら、迷わずゴミ箱に入れて記憶からデリートしていただろう。
けれど[公社]以外に使えない郵便システムから届いた初めての通知、印象からしてみればらしいといえばらしすぎる機械的感触すら思わせる率直すぎる内容。
どうやら就職斡旋の一種であるようなところだけは汲み取れる。
…ならこれは渡りに船と言ってもいいのかもしれない。
「行ってみるか、説明会」
つまるところなんの起伏もなく、華々しさなんて欠片も見当たらない朝だったけれども。
自分にとって始まりといえばここだった。
憂鬱な朝に冴えない人生、不幸とは少しも思っていないけれど、満たされない思いだけが心の隅にいつも。
なにかの機会が訪れて、どうにかならないかと少し他人事のように思いつつ動いて。
そんなあまりに面白みにかける凡庸極まりないスタートだったけれど、ここからすべてが始まっていった。
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