TIPS2
電網世界とはつまるところ、資本主義からの脱却、新たなる価値観世界へのパラダイムシフトそのものだった。
2000年代の人類の歴史は要約すると、疲弊と悪あがきが主題となっていた。
そこらかしこで起こる紛争とテロ、貧富の拡大、権利と利益を求めて勃発したファッショナブルな人権運動、世界中に蔓延しては縮小してしかし絶えずそれを繰り返す疫病、他にも大小様々な事件や事故があって、世界のどこを見ても幸福や平穏からは遠く、さりとて確かな破滅や致命的な破壊というには足りず、だからこそ大きな変化は起こり得ない。
緩やかな黙示録とでも言うべき袋小路に人類は嵌りこんでしまっていた。
そんな倦怠感に包みこまれていた最中に突如現れた[
最高の、或いは最悪のタイミングで公社は[
なにしろそこに逃げ込むのに必要なのは当時生活必需品として広く普及していたハンドスキャナー、発売時には映像や音楽、文書や情報をいとも簡単に電子化するという売り文句で出された値段もすこぶる手軽な量産品。
しかも戻ってこれない訳では無い、[電子]と[魂魄機関]により、人はいつでも現実世界と電網世界を往復することができる。
気軽にコンビニに行って買って、疲れたから適当に現実を捨て去る、其処は電網世界、完全解析されたが故に現実世界そのままに複製された家、町、
時が経てば腹が減り、触れれば感触が返る、慣れ親しんだいつもと変わらない違和感のない世界。
しかしサーバーを変えれば世界は幾つでも用意され、家賃もなく、食事もコピペすれば
人は、そこで初めて労働という価値観から解放された。
労働と資本という、人類に与えられた偉大なる歯車機構、或いはひたすらに空転して人を走らせる呪いの回し車。
それから解放された人々は、多くはその疲弊を癒すために休息に入り、静かすぎる営みが少しの間続いた。
が、全ての人がそのまま堕落しきってしまうかといえば、全く持ってそんなことはなかった。
たとえ屋根があり衣服に不足せず食べ物は好きなだけ与えられるとしても、そこには一人退屈を紛らわす玩具があったとしても、人がそこで満足して歩みを止めることはなかった。
退屈、或いは不安、もしくは不満、満たされてなお、だからこそもっと、人は求めてやまないものがあった。
それこそが次の時代を推し進める指標、人の総体を動かすそのための燃料を、公社は[価値]と名付け、そのまま[価値主義]と呼ばれる社会が電網世界に鎮座することになった。
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