第2話 奥深い味わい

健太は「火龍」での激辛体験に驚きながらも、その余韻を引きずりつつ、次の店へと足を向けた。2軒目に選んだのは、地元で長年親しまれている老舗中華屋「福楽園」。この店は派手さはないが、地元の人々に愛され続けている。健太も子供の頃から家族と何度か訪れたことがあるが、今回は麻婆豆腐に注目してみることにした。


店に入ると、どこか懐かしい雰囲気が漂っていた。木製の古びたテーブルや、壁にかかった手書きのメニュー表。ここでは、派手な演出は一切ない。健太は一番奥の席に腰を下ろし、店員に麻婆豆腐を注文した。


「少しお時間かかりますけど、いいですか?」


そう言いながら、優しげな店員は注文を厨房に伝えた。しばらくして、ゆっくりとしたリズムで料理が運ばれてきた。そこに現れたのは、見るからに優しい色合いの麻婆豆腐だった。四川風の真っ赤な辛さとは対照的に、醤油の香りがほのかに漂い、やや濃い目のタレが豆腐を包んでいる。


健太は一口食べてみた。辛味はほとんど感じず、代わりに出汁の深い味わいが広がる。鶏ガラベースのスープがふんだんに使われており、辛さよりも旨味が強調されている。豆腐も柔らかく、口の中でほろりと崩れる。その一口一口が、まるで母親が作る家庭料理のような温かさを感じさせるものだった。


「これはまた違った魅力があるな…」


健太は思わず顔をほころばせた。前回の激辛麻婆とはまったく異なるが、この麻婆豆腐はまるで別の料理のように心にしみる。幼い頃、家族と食べたあの味に近い感覚が蘇り、健太は懐かしさに包まれながら、ひと口ずつゆっくりと味わっていく。


一緒に炒められた挽き肉からはほのかな甘みが感じられ、その優しい風味が、全体のバランスをより一層深めている。山椒や唐辛子の刺激がない分、スープと豆腐の調和が際立ち、食べるほどに落ち着きを感じる。


健太は、ゆっくりと麻婆豆腐を平らげた後、ふと気づいた。この味は、家庭の温かさや親しみを感じさせる、特別なものだと。辛さがすべてではなく、料理の本質が別の形で表現されていることに驚きを感じた。


「火龍の麻婆とは真逆だな…。でも、これもすごくいい。」


食後、健太は懐かしさと新しい発見を胸に抱きながら、店を後にした。2軒目の麻婆豆腐は、心をほっこりと温めるような味わいだった。そして、いよいよ次は最後の3軒目。現代的な創作中華の店で、どんな麻婆豆腐が待っているのか、健太は期待と少しの緊張を胸に、次の店へと歩みを進めた。


次回、第3話では、健太が創作中華の店で出会う斬新な麻婆豆腐が描かれます。

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