スーパーで自分と割り勘するためにダウナー系美少女JKが待ち受けている

剃り残し@コミカライズ連載開始

第1話

 閉店間際のスーパーでは売れ残った商品には購買意欲をそそる赤と黄色のシールが貼り付けられていた。


 今日は一日を通して強い雨が降っていたので客足もまばらだったのか、商品の売れ残りが目立っている。


 目をつけたのは半額になっている、高級そうな箱に詰められた桃4個セット。一人で食べるには多いけれど、たまには贅沢をしたい。


 そんな葛藤から果物コーナーで棒立ちになっていると、隣に女子高生がやってきて同じように桃の入った箱をじっと見つめだした。高校生が出歩くには遅い時間なので、その人の方をじっと見てしまう。


 肩にかかる金髪は、わずかにクセがついて毛先がウェーブしている。その髪色や、パーカーを羽織って着崩した制服の雰囲気からするとギャルっぽさもあるが、やる気のない目つきや気だるそうな雰囲気からは陰キャっぽさも漂っている。


 髪を耳にかけて「うーん……」と悩ましそうに腕を組む仕草は高校生というよりは所帯じみた主婦だ。


 悩みのタネは自分と同じで、お得とはいえ桃4つを買うのは多すぎると思っているんだろう。


 ふと、その女子高生と目が合う。


「半額ですって」


 女子高生が真顔のまま桃の箱を指さす。自分の方を向いて話すので、自分に話しかけているのだと判断し「半額ですね」と返す。


「多くないですか? 4つは」


 女子高生は桃の箱を指さしていた右手を自分の方に向けて、親指以外の4本の指を伸ばして見せてくる。見た目のわりに柔らかい話し方や人当りをするものだと少し驚かされる。


「多いですね、4つは」


 自分の返事になぜか女子高生がムッとした顔をする。


「オウム返ししかしないんですか?」


「オウム返し以外もしますよ」


「や、それがオウム返しじゃないですか……じゃ、教えてください。この桃、買うつもりですか?」


 女子高生は真剣な眼差しで尋ねてくる。年も立場も関係なく、半額の桃の奪い合いが始まろうとしている。


「私はまだ決めかねています。今日と明日で桃4個を食べきれなくもないですが、無理やり食べて桃のことを嫌いにはなりたくない。かといって半分しか食べずに腐らせて捨てるくらいなら2個セットを定価で買えばいいですから」


 女子高生は無表情なまま頷いて「同じです」と言った。


 物価高騰の日々の中、いかに節約と贅沢を両立するかは重要な事項でもある。


 そんな中、4個セットの桃の隣にあった定価で売られている2個セットの桃に店員が割引シールを貼りに来た。


 二人でじっとその様子を見つめる。腰に装着されたプリンターから出てきたシールには『20%OFF』と書かれていた。


 その微妙な値引き率にどちらも手を伸ばそうとしない。


 多分、同じことを考えているはず。『4個セットを割り勘で買った方が安いじゃん』と。


「あ、あの……」


 隣から女子高生が緊張した面持ちで話しかけてくる。


「なんですか?」


「コスパの良い桃って好きですか? その……つまり、4個セットを割り勘で買いません? 20%オフの二個セットを奪い合うよりも平和的に解決できますし、4個セットを割り勘したほうが安いです」


「良いですよ。同じことを考えていました」


「ありがとうございます。じゃ、言い出しっぺの私が会計しますね。イートインコーナーで待ってます」


 女子高生はそう言って4個セットの桃を手にしてカゴに入れ、安心したように少しだけ笑って先に店の奥へと消えていった。


 ◆


 買い物を終えてイートインコーナーに向かうと、女子高生が椅子に座って待っていた。


 自分を見つけると、女子高生が手を振ってくる。


 向かい合うように椅子に座ると、女子高生はなぜか買い物袋からカップのアイスクリームを取り出した。


「桃を割り勘で買うという約束だったはずです。アイスクリームは不要かと」


 自分がそう言うと、女子高生は「奢り」と笑いながら言ってアイスクリームを渡してきた。


「見知らぬ高校生にアイスを奢られるほど惨めな生活はしていませんよ」


「私は一緒にアイスを食べる人がいないほど惨めな生活をしてる」


 さみしそうな目でアイスクリームの蓋を剝がしながら女子高生がそう言った。いつの間にか女子高生にタメ口で話されるようになっているが、いい大人なのでそんな指摘はしない。


 閉店間際の夜遅い時間に一人でスーパーに来ているのだから、相応の家庭環境ということなんだろうか。


 まぁ自分には関係のないこと。


 財布を取り出して「レシートを見せてください」と言う。


「はい、これ」


 女子高生はスプーンを咥えたままレシートを見せてきた。


 桃の値段は半額で1395円。割り勘をすると一人当たり697.5円。自分の方が年上なので0.5円を負担して698円とするべきだろう。


「ありがとうございました。では698円お支払いすればよろしいですね?」


「うん。それで。700円でもいいけど、私は1円玉を持ってないからお釣りはない」


「見ず知らずの貴女のために私が2円多く支払う理由はなんでしょうか?」


「うーん……可愛い女子高生とお話ができる?」


 女子高生はにっこりと笑って可愛らしいポーズをとって頭に手を乗せた。世間一般でいえば可愛いんだろうが、自分とは年が一回りも離れているためそこにメリットは見いだせない。


「申し訳ありませんがリスクでしかありません」


「私、爆弾?」


「爆弾です。特大の」


 そう言って突き放して財布の中を漁る。


 一円玉を探しているのだが、どう頑張ってもあと一枚が足りない。


「すみません……一円玉が一枚足りず……崩してきます」


「あ、待って待って。このアイス、302円だから」


「高級なアイスですね……」


「うん。代わりに買っといたってことで。足したらぴったり千円だよ?」


 要りもしない物を買って小銭を作るのも面倒ではある。


 財布を見ると、奇跡的に千円札が切れていた。


「一万円札しかありませんでした……」


「あ、じゃあpeypeyで送ってよ。やってる?」


「え、えぇ……わかりました」


 女子高生がQRコードを表示してくれたので、それを読み取ってその場で1000円を送金する。


「……よく考えたら電子決済なら桃の698円分だけ送金すればよかったですね」


 女子高生は「確かに」と言って笑う。


「アイス、一緒に食べようよ。お金もらっちゃったし」


「なんで私が……」


「お兄さん、アイス嫌いなの?」


「いえ、好きですよ」


「じゃ、どーぞどーぞ」


 女子高生がニシシと笑う。


 どうせ家に帰っても独身の一人暮らし、無趣味人間なので何もなく寝るだけ。


 ふと話し相手が欲しくなり、アイスの蓋を剥がしてしまった。


「私、北沢きたざわあん


 女子高生が急に名乗ってきた。


「知らない人にみだりに名前を教えるものではありませんよ」


 アイスに木のスプーンを差し込みながら注意する。


「桃を割り勘した仲だから。知らない仲じゃない。それにアプリに名前書いてるし」


 杏の淡々としたトーンは妙に居心地の良さを覚える。


「……真締まじめです」


「えっ?」


「真実の『真』に締め切りの『締』と書いて真締です」


「偽名かと思った……」


「先祖代々伝わっている苗字です」


「それはどの苗字だってそうじゃん。佐藤だって田中だってそうだよ」


 杏はけらけらと笑いながらそう言う。


「た、確かにそうですが、私が言いたかったのは――」


「真締さんって、面白いね」


「そっ、そうですか? 昔から名前の通りに真面目だと言われてきたので……」


「真面目は真面目っぽいけどさ。なんか融通の利かなさが可愛いっていうか」


「かっ、からかわないでください!」


 自分が照れているところを見て、杏がクスクスと笑う。


「真締さんって彼女とも一円単位で割り勘するの?」


「そうですね。以前お付き合いしていた方には、それが理由で振られました」


「ふぅん……」


「やはり一円単位で割り勘する男は嫌われるのでしょうか?」


「うーん……一般的にはそうかもしれないけど、そういう性格だってわかって付き合ってたなら多分それは理由じゃないと思う」


「そうなんですか?」


「うん。だって好きな人とだったら割り勘するのだって楽しいはずだよ。さっきみたいな『一円玉ないや』ってやり取りすら楽しい。だから、きっと……好きじゃなくなったんだろうね。好きじゃない人と割り勘はできないよ」


「今日、我々は割り勘をしましたが……」


「正確に言うなら、『好きだったけど好きじゃなくなった人とは割り勘はしない』だね。なんともない人とは割り勘するよ。だってなんともない人だから」


「そうですね。同感です」


 話をしながらアイスを食べ進めると、小さいカップはすぐに空になった。


「アイス、なくなっちゃった。そろそろ閉店だし帰ろっか」


「えぇ。そうしましょう」


 杏が買い物袋から桃4個セットを取り出し、そのうち二つを自分に手渡してくれる。


「はい、これ。約束の桃」


「ありがとうございます」


「真締さん、いつもこの時間に買い物してるの?」


「いえ。今日は残業があったため遅くなりま――」


 何を馬鹿正直に答えているんだ。こんな正体不明の女子高生に懐かれるなんてたまったもんじゃない。


「遅くなりましたが勤務は不規則ですので明日以降はランダムな時間に出現します」


「そっか。私は大体この時間。余り物の総菜を半額でゲットするのが楽しくて」


「そうですか」


「うん。それじゃあね」


 杏は先に椅子から立ち上がってイートインコーナーを後にする。


 自分も少し時間を空けて、人気のなくなりつつある店内で閉店作業中の店員を横目に店を後にした。


 ◆


 家に帰宅すると、割り勘に使った決済アプリから見慣れない通知が来ていた。


『私の桃、2つとも傷んでた。安物買いの銭失いだね。また割り勘しよ』


 どうやら決済アプリでメッセージのやり取りもできるらしく、杏からメッセージが来ていた。


 なんと返すべきか迷ったが、自分の桃は二つともきれいな色をしていた。割ってみても中は食べ頃という感じで柔らかいが傷みはない。


 杏がわざと傷んでいる桃を選んで取ったのか? と思ったりもするが、そんなことを聞くこともせず『今日はありがとうございました』とだけ返事をして以降、スマートフォンを見るのをやめた。

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