霊戦士

三葉 空

第1章 出雲の争乱

 凄まじい雷撃が眼前に迫り来る。菅原道真公(すがわらのみちざねこう)が放った雷撃だ。

 かつて道真公を貶めた者どもに下された裁きの雷。

 それが今自分に対して向けられていることに少年は恐怖しながらも、黒衣に包まれた長身痩躯なその身を捻り、巧にかいくぐって行く。勢いそのままに道真公の懐へと飛び込むと、右手に握っている剣を振るった。霊力を込められたその霊剣は、道真公の脇を切り裂いた。しかし、傷は浅いようだ。少年はすぐさま後方へと退避する。

 両者の間に距離が生まれると、漂泊されたように神聖な霊界の広場に沈黙が生まれた。

 少年はちらりと後方を振り返る。そこには一人の少女がいた。背丈は高く、栗色の髪を結い上げている。少年と同じように黒衣を纏っていた。

「亜矢。俺が合図をしたら、木の型を使って矢を放ってくれ」

 少年が呼びかけると、少女――小早川亜矢(こばやかわ あや)は目をきつく細めた。

「言われなくても分かっているわ」

「……そうかい。じゃあ、よろしく」

 亜矢のきつい物言いに対して少々眉をひくつかせながら、少年は再び前に向き直った。

 その目にはひたすら静かに佇む道真公の姿が映った。

 言わずと知れた学問の神様である。天神様と呼ばれている存在だ。少年はその加護を得るために戦っていた。

 少年は霊剣を正中線上に構えた。数秒間、道真公を見据えた後、細身ながらも締まった健脚で駆け出した。

 道真公へと距離を縮めて行く最中に、少年は左手を構えて口を開く。

「我、五行における火の型を扱う者なり。その力を今ここに解放する――」

 呪文を唱える少年の周囲に、淡い赤色の粒子が漂い始めた。

 それはやがて灼熱の炎へと変貌し、少年の右手に握られている霊剣へと宿った。

 そのまま少年は真っすぐに道真公へと向かって行く。途中で襲いかかる雷撃をかわしながら、再びその懐へと潜りこんだ。

「はあっ!」

 火炎の力を纏った剣で道真公に切りかかる。道真公の腹部に命中した。霊剣に宿った炎が、道真公を飲み込み始める。それなりの損傷は与えたはずであるが、道真公は未だに涼しい顔で少年の斬撃に耐えていた。

 道真公がすっと右手を上げ始める。また雷撃を放つのだろう。この至近距離でそれを食らってはいけない。

 少年はくるりと顔だけ後方に向けて叫んだ。

「亜矢、やれ!」

 その叫び声を受けた亜矢は、眉をひそめながら弓を構えた。

「だから、言われなくても分かっているわよ!」

 少年に対して毒づきながら、亜矢は霊力を備えた弓、霊弓(れいきゅう)に矢を番える。すっと瞳を閉じた。

「我、五行における木の型を扱う者なり。その力をここに解放する――」

 凛とした声で呪文を唱える。すると、亜矢が番えた矢に黄色の霊気が纏った。

 直後、亜矢は目を見開いてその矢を放った。宙を切り裂く中で、その周りに螺旋状に渦巻く木が現れた。

 木の力を得たその矢は、雷撃を放とうとした道真公に突き刺さった。

木は火を生かす。それにより、道真公を包む炎は一層強くなった。

それまで表情を崩さなかった道真公の口から、わずかに苦悶の声が漏れた。

やがて炎が消え失せると、数秒後に道真公は仰向けに倒れた。

 少年はその姿を静かに見つめていた。

すると、道真公はゆっくりとその顔を少年へと向けた。

「……誠に見事な戦いぶりであった。誇り高き霊戦士――飛鳥建よ」

 その目には純粋な称賛の色が浮かんでいた。

 少年――飛鳥建(あすか たける)は、仰向けに寝転んだままの道真公の側で、すっとひざまずき、深く頭を下げた。

「その言葉、誠に恐れ多きことにございます」

 偉大な神に対して、あくまでも敬意を払う姿勢は崩さない。

 そんな少年の側に二つの影が立った。

一人は神社に仕える神職の正装姿の男である。紺色の袴を着て、片手に笏を持った格好である。もう一人はゆったりとした白衣に身を包んだ男の神である。彼らは今しがた行われた試合の審判を務めたもの達である。二人は互いに目配せをし合って、小さく頷いた後、ゆっくりと口を開く。

「ただいまの試合、霊戦士の勝ちでございます」

 審判である彼らの宣言によって、試合は終了した。






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