第17話

 魔王討伐隊は広場を出発したあと神の加護をもらいに大聖堂へと向かったと歴史書には記されている。

 それをなぞらえる為にフェリスたちも大聖堂へと徒歩で移動した。

 街灯が照らす道中は、夜なのにはっきりと周囲が見渡せる。

 数は少ないが人通りさえあった。フェリスのいた領地では想像もできない光景だ。

 距離はそう離れておらず、十分ほど歩けばもう大聖堂が見えた。

 夜の大聖堂は灯りもなく、高くそびえ立つ二つの尖塔が月を隠している。

 教会の前の広場には噴水が飾られていた。

 贅を尽くした飾りの入った柱や壁ががうっすらと街灯の光を反射している。

 入口と思しき場所は三か所あり、てっぺんの尖ったアーチが真ん中に大きなものが一つ、その左右に小さなものが一つずつある。その奥に扉があった。

 オズは小さなアーチをくぐり、一つ瞬きをしてから閉ざされた観音開きの扉を開いた。


「さあ行こうか」


 鍵がかかっていそうな扉がいとも容易く開くのを見るのに、フェリスはもう疑問を持たなかった。

 端の扉からオズが中へ入る。

 フェリスは閉ざされた夜の教会に入るのは背徳的で罪悪感を覚えたが、オズの手招きに従って中に入った。

 高い位置から窓は一面に広がっており、その全てがステンドグラスになっている。

 街灯の灯りと月明かりが入って神秘的な空間が広がっていた。

 信徒が座るための椅子がずらりと並び、その奥に聖歌隊のお立ち台、その更に奥に主祭壇が見える。

 柱一つ一つに装飾が施されており、フェリスのいた領主邸よりもかなり贅を凝らしたつくりだ。


「ここで、魔王討伐が大司教様から神のご加護をもらったらしいの……」


 フェリスは初めてきた場所だが、何故か既視感を感じた。

 フェリスはずっとお屋敷で生活してきて、ここまでの遠出などしたことが無いのに不思議な心地に内心首を傾げる。

 内陣の中央には大きな女神像が置かれていた。

 初めて見る像なのに何故か見慣れたものを見ている気がした。

 満月の今日はよく光が入っている。

 カラフルな光に彩られて女神像は一層際立って見えた。

 昼に来ていたのならばフェリスは礼拝していったのだろうが、こんな真夜中にそんな気は起きなかった。

 大聖堂に来たはずなのに、よく分からない既視感も相まって違う建物に入ったような気分になる。


「夜の大聖堂はお気に召さなかったかい?」


 パッとしないフェリスの表情を見てオズは言う。


「そうじゃないの。初めて来た場所なのに何度も来た事がある気がして、なんか変な気持ちがする」

「そうなのかい。俺はこんな場所は苦手でね。先に外に出て待っているよ。あちらもそろそろこちらの気配に気づく。手短に済ませてくれ」


 主祭壇にでかでかと飾られた十字架を忌々し気に睨みながらオズは言う。

 そういえば吸血鬼は十字架が苦手なのだったとフェリスは思い出した。


「分かったの。連れてきてくれてありがとう。もう行こう」


 ここがどこであれ、目的は観光だ。

 魔王討伐隊の軌跡をなぞれただけで十分だろう、とフェリスは内心ごちる。


(十字架が苦手っていうのが本当なら、にんにくも苦手なのかな)


 吸血鬼という生き物について一つ疑問が湧いた瞬間だった。

 教会を後にすると、オズがフェリスの手をとった。


「次の目的地はさっきの宿場町だろう? ミアのところへ戻ろうか」


 そう言うとフェリスを姫抱きにし、オズは飛び上がる。

 その背には翼が生えていた。


「もう一度ワイバーンたちを呼んでもいいが、夜の帝都を空からゆっくり見下ろすのも乙なものだ。一緒に夜空を楽しもうじゃないか」


 オズは悠然と言う。気持ちよさそうに文字通り羽を伸ばしていた。

 ぐんぐん高くオズが舞い上がっていく。

 しかししっかりとオズの両腕に抱えられたフェリスはそれどころではなかった。


(と、殿方の腕の中……しかも、さっきより近い!)


 男性とここまで密着することなど、フェリスの人生で一度たりとも無かった。

 厳密に言うのであれば小さなころに領主様に遊びがてら抱きあげられたことはあるが、それはものの数に入らないだろう。

 しかもそれがとんでもない美貌の持ち主なのだ。

 年頃の乙女であるフェリスは眼下の夜景よりもそちらの方が気になって仕方がなかった。

 しかし直視するのも気恥ずかしい。

 フェリスはオズの胸元に視線を置いていた。


「どこを見ている? ほら、悪くないだろう?」


 視線でオズは夜景を見るよううながした。

 それに従いフェリスも下を見る。


「うわぁ……!」


 街灯りが等間隔で並ぶ帝都は、空から見下ろすととても綺麗だった。

 特に王城の周囲は夜なのにはっきり建物のシルエットが見える。

 街の形が光によって浮彫になる姿は今まで見たことのない光景だ。

 フェリスは眼下の光景に目を輝かせた。

 乙女の純情にも勝る美しさだ。


「すごくきれい!」

「そうだろう? 百何年ぶりに街を見下ろしてみたが、前に来た時よりも見ごたえがあるな」


 オズは上機嫌そうに言った。


「吸血鬼って長生きでいいね。たくさんのものが見れるの、素敵」


 フェリスの寿命では街が発展していく姿を比べてもたかが知れている。

 百年後なんて自分は絶対に生きていないだろう、とフェリスは思った。


「長く生きるのも悪くないだろう? 短い生も悪くは無いと思うがね」

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吸血鬼さまのお気に召すまま 笹田葉 @rarirurerod

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