第14話:外道たちの夜(悪党視点)



「クハハハハッ……!」



 その宮殿の一室には、ありとあらゆる欲望が詰まっていた。

 壁、足元、天井にすら塗りたくられた金粉の内壁。それを輝かせるは積み上げられた宝石の数々。そして黄金の長テーブルには無数の美食が広がり、薄着の女たちが美酒の入った陶器を持って幾人も並び――、



第二王子シュバールの野郎、きっちりと要望を叶えてくれたじゃねェか……!」



 そして部屋の中心には、いとおぞましき『戦争狂』がいた。


 血色の長髪を所々で灰に染めた美丈夫。

 積み上がった宝石の上に坐し、両脇に女性を侍らせながら「満足満足」と笑うこの男こそ。



「オンナ共、王子に伝えな。『傭兵王ザクス』は、貴殿の歓待に感謝してるッてなァ!」



 彼こそが戦場の覇者、ザクス・ロア。

 総軍一万を超える傭兵結社『地獄狼じごくろう』を率いる特級危険存在である。

 

 そして――そんな彼に向かい、刺すような歩調で苛立たしげに歩み寄る者がいた。



「――下女を介するまでもない」


「おん?」



 そこに現れたのは、金髪碧眼の貴公子だった。

 荒々しきザクスとはまるで逆の印象を与える青年である。華美の極まる一室にもまた、満足げなザクスとは違い「下品な……」と目を細めるこの男こそ、



「そして、私は既に王子ではない。第99代目統治者『シュバール国王』なるぞ!」



 彼こそが、シュバール・ストレイン。

 元第二王子であり、父王と次期国王に内定していた兄を葬った革命者である。


 今やストレイン王国は彼の手中にあり、『傭兵王』の住まう下劣な宮殿もシュバールが用意したものだった。



「おォ、こりゃ失敬したぜ国王様。このザクス・ロア、育ちが悪いモノで失礼を」


「黙れ。……そんなことよりも、どうなっている……!?」



 細い拳を震わせるシュバール。彼は半ば血走った目で、ザクス・ロアを睨みつけた。



「焼け崩れた王城を捜索することッ、すでに半月! 未だに第一王子ヴァイスの死体が出てこないではないかッ!?」



 そう。それがシュバールの精神を削り減らしていた。


 ああ、忌まわしきかな実兄ヴァイス。

 その不愛想さから『氷の王子』とまで呼ばれながらも、側に置かれた者たちはことごとく彼へと惹きつけられるのだ。

 そんな兄を昔からシュバールは嫌っていた。



「なぁザクスよ、貴様は言ったよな!? きっちりと致命傷を与えたと! ヤツは爆炎に包まれながら、崩れた瓦礫の下敷きになったと!」


「そうだな」


「ならばなぜだッ!? 奴隷共に休みなく探させ続けても、なぜヤツの死体が出てこない!?」



 吠え叫ぶシュバール。そんな彼に、ザクスは「ふむ」と顎に手を当てた。


 ヴァイスを追い詰めたのは嘘ではない。

 得物によって滅多斬りにした上、自身の『ギフト』で即死級の爆炎をぶつけてやった。


 そして吹き飛んでいったヴァイス。ぶつかった壁が崩れて大量の瓦礫の下敷きになるも、ザクスは油断しなかった。

 王子を押し潰す瓦礫に近寄り、全てが塵になるまで爆炎を見舞おうとした――その刹那、



「……兵士たちが立ちはだかったんだったな。数秒で殺し尽くしてやったが、まさかあの隙に抜け出したのか」


「なんだとッ!?」



 シュバールの目が剝き出しになる。彼から立ち昇る怒気に、壁際の下女たちが身を引き攣らせた。



「ザーーークスッ! つまり第一王子ヴァイスはッ、あの革命の夜を逃げ延びたということかッ!?」


「まァそうなるな。全身深度Ⅲ以上の火傷じゃ、それでも一晩で死ぬはずだが」


「可能性の話はいいッ! 私はじかにアイツの死肉を見たいのだ!」



 眼前のテーブルに並ぶ美食の数々を薙ぎ払い、ついにはシュバールは爪を噛んで震えはじめた。


 その様はまるで病人のようだ。とても大国の王には思えない。

 それに対し、ザクスは落ち着いたままだった。



「落ち着けよ国王。もしかしたら死体ごと燃え尽きちまっただけかもだろう」



 酒杯を片手にそう語りながら――心の内では、



 “あァ、生きてるといいなァあの野郎……!”



 あの夜の興奮は忘れない。

 吼え猛りながら全撃必殺の剣戟を雨霰あめあられと浴びせてくるヴァイスの、なんと凄まじきことか。

 素晴らしい。素晴らしすぎる。その若さでその領域にまでたどり着くには、才能以上の甚大な努力が求められたことだろう。

 ザクスは心底彼を尊敬した。

 目の前の小男の何億倍も、だ。



「……また、ヤりてェなぁ……」


「何か言ったかッ!?」



 あぁいけない。思わず口から欲望が漏れてしまったようだ。

 ザクスは「なんでもねェよ」と適当に誤魔化すと、傭兵として真摯な眼差しを青年に向ける。



雇用主クライアントの不満は認めよう。最善を求めるならば、ヴァイス王子の首を持ち帰るべきだった。『地獄狼』の総帥として謝罪しよう」


「あ、あぁ……。わかればいい」


「そこで、だ」



 指を鳴らす傭兵王。

 瞬間、一陣の轟風と共に五つの人影が部屋を駆ける。


 それらは手元も見えぬほどの速度で、立ち並んだ下女たちの首を刎ねた――!



「なっ、いきなりなんだ!? 暗殺者か!?」


「いいや違うぜ。コイツらこそ俺の愛すべき戦友、その中でも特に信頼している『五大狼ごたいろう』の連中だ」



 ザクスの下に集う黒衣の戦士たち。


 野獣の如き顔付きをした青年。

 柔和な笑みを湛えた紳士。

 両目の潰れた白髪の老人。

 不自然なほど美しい少女。

 そして最後に仮面の男。


 血臭纏いし彼らは一斉に、ザクスへとかしずいた。



「オンナ共を殺したのは、これからお前さんと“男同士の話”がしたいからだ。この場はこれより女人禁制ってな。あ、殺した中にお気に入りがいたんなら謝るぜ?」


「……いやいい。所詮は何の価値もない下女たちだ。それで、その話とはなんだ? くだらん内容なら本気で怒るぞ」


「ちげェよ、真面目なビジネスの話だ。王子しごと取り逃がミスしといてふざけるほど俺様も社会人舐めてねぇよ」



 そう前置きして、言葉を続ける。



「なァ国王よ。ヴァイス王子の死体がいつまでも出てこないとなったら、兵や民衆たちはお前さんに屈服しづらくなっちまうよなぁ?」


「む」


「“もしかしたらヴァイス様は生きてるじゃないか”と、余計な期待を抱いてよ」


「……ああそうだ」



 認めたくはないがその通りだ。


 無表情な上に一日中街をランニングすることもある奇特な王子だが、接する機会の多い騎士たちや王都民からの支持は、なぜか絶大に高かった。



「人間性ってのは伝わるもんだ。アンタの兄ちゃん、よほど誠実だったと見えるな」


「黙れッ、私にとっては迷惑なだけだ!」



 おかげでシュバール政権の支持率は皆無に等しい。

 ゆえに革命を正当化するために撒いた“前国王と第一王子は極悪人で、裏では私腹を肥やしており~”というゴシップも、地方くらいでしか効果がなかった。



「こうなれば王都民の希望を奪うだけだ。そのためにヴァイスの死体を探し出して晒す必要があるのだ」


「なるほどな。だったらココは『次策』と行こうや。とりあえず、王子と背格好の似たヤツを連れて来いよ」


「は?」



 わけがわからなかった。

 この男は何を言っているのだろうか?

 


「ああ、機密性を保持するためにもお前さんの臣下から内々で選びな。無理やりの拉致じゃどっかでバレる」


「……別に構わんが、『次策』とはなんだ? 私の臣下をどうする気だ?」


「決まってんだろ」



 手にした酒杯を掲げるザクス。

 次の瞬間、酒杯は爆炎に包まれて砕け散った。



「っ!?」


炭化寸前まで焼き尽くせば人相もあったもんじゃないだろう。その上で、民衆たちに“これぞヴァイスの死体である!”と見せつけてやればいい」


「なっ……そ、それは……」



 効果的な策ではある。それで諦める者も多いだろう。

 だが、



「兄に従う者ならともかく、私の臣下を焼いて晒すなど……」



 流石のシュバールも逡巡する。

 王位への欲から家族を殺した彼であるが、それでも決して冷血というわけではない。



「邪魔者の命は、どうでもいい。しかし私を慕う男たちには……」



 それなりの情もあるわけで――、



「切り捨てな、



 されど一言。

 傭兵王は彼が続けようとしていた言葉を、食い千切るように否定した。



「どうせお前さんは革命で成り上がった王様だ。いずれお前さんを裏切る臣下は山ほど出るだろう」


「なっ、何を適当なことを!?」


「適当じゃねェよ。遵法ルール破って上に立った者に対しちゃ、“こいつはロクデナシだから俺もやっちまおうかな”なーんて思うのが人間ってもんだろ」



 吐き捨てるように語るザクス。

 彼は黄金の長テーブルに立つと、美食の数々を踏み付けながら青年王に近寄る。



「俺様だって何年か前、お気に入りだった幹部に裏切られた。“お前はあまりに非道すぎる、もう付いていけない”って叫ばれて、殺されかけたぜ」


「私はお前とは違うッ!」


「そいつぁ寝言か? 家族殺して王位奪った鬼畜のくせによ」


「ッ!?」



 ザクスの言葉に容赦はない。

 媚びへつらわれ続けてきたシュバールにとって、いっそ新鮮なほどの切り口で心を抉られる。



「わ、私は、鬼畜じゃ……」 


「主観なんざどうでもいい。要は周囲がどう思うかだ。そしてお前が『悪の支配者』と思われ続けている以上、臣下共はいずれ必ずお前を裏切る。そいつらを殺す予行練習と思えよ」


「練習、と……」


「あァそうだ。そして」



 間近まで来たザクスの指先が、シュバールの細い顎を上に向かせる。



「うッ……!?」



 無理やりに顔を上げさせられる青年王。

 彼の青く澄んだ瞳の前に、『傭兵王』の紫苑の瞳が闇夜の如く君臨する。



「シュバールよ。アンタが『王』としての非情さを見せた暁には、『地獄狼』もその働きでアンタに報いよう」


「なんだと……何をする気だ」




 はぁッ!? と、シュバールの喉から声が漏れた。

 顎先を掴む手を無理やりに払い、「何を馬鹿な!」と男に叫ぶ。



「我が国は革命を終えたばかりで、未だに治世が出来ていないのだぞ!? なのに戦争なんて」


「逆に考えろよ。革命でガタガタなこの国を、周辺諸国が狙ってないと思うか?」


「なっ……まさか!?」


「間諜が掴んだ情報だ。この国と同盟関係にある隣国『ラグタイム公国』は、半年以内にウチに攻め込む計画を進めているぜ」


「そんな……!」



 そう。革命を終えたばかりのストレイン王国はまさに狙い時だった。

 げ替えた首の癒着もままならず、傷口からの流血は、甘美な匂いで無数の敵を惹きつけていた。



「くっ……おかしい話ではないか。我がストレイン王国は資源豊かな大国。私が周辺国の立場なら、隙があったら裏切ってでも攻め込みたいと思う……!」



 再び震え始めるシュバール。

 だが、



「安心しろ、俺がいる」


「!」



 傭兵王の大きな手が、彼の肩を強く叩いた。



「戦士として誓おう。この『傭兵王ザクス』と部下共が主力になり、逆に隣国を叩き潰して見せると。……そうすりゃ諸国も黙り込むし、民衆たちだってアンタに屈服するだろ? 『偽物の死体作戦』と合わせて威光は完全なモノとなるさ」


「――」



 その瞬間……シュバールは目の前の男に対し、安心感のような感情を見出してしまった。


 傭兵結社の総帥、ザクス・ロア。

 今までいくつもの戦場を荒らしてきた恐怖の存在であるが、それが味方であることのなんと頼もしいことか。


 戦争が好きで酒が好きで女が好きで強欲で……嫌悪感しか感じない人間と思っていたが……。



「重ねて詫びるが、悪かったなシュバール。第一王子の死体が見つからない件で、お前さんには気苦労をかけちまってよ」



 凶悪な美貌に浮かぶ笑み。

 荒々しいソレがとても落ち着いて感じられるのは、一体どういうことか……?



「代わりに、今回の戦争は行軍費の支払いのみで請け負ってやるよ。まァ俺も部下たちを食わせにゃならんから、隣国での略奪だけは許してほしいが」


「りゃ、略奪行為は……条約で……」


「おいおいシュバール。お前さんはそのお優しいルールを、『裏切り』っつー最悪のルール違反を犯した相手にも適応させるのか? ここは王の尊厳に懸けて、『裏切り者』へと『怒り』を表明する場面じゃァないのかい……!?」


「っ……!」



 ああ、そうかもしれないと納得する。

 今や『道理』は裏切りを受けた自分にこそあるのだ。他の同盟国を牽制するためにも、隣国を荒らし尽くす案はまったく悪いモノじゃない。

 

 シュバールは一息吐くと、国王として威厳ある顔立ちで答える。



「ああ……わかった。王の名の下に自由行動を認めよう」



 略奪行為を容認するシュバール。そんな彼の言葉に、傭兵王は「英断だぜ!」と笑みを深めるのだった。



「ふはっ、大した器じゃないかアンタ。男として見上げたもんだぜ」


「っ、貴様からの称賛などいらんわ!」



 ――そう怒りつつも、シュバールの胸にじんわりとした喜びが浮かんだ。


 

 “そうか……今の私は、男として見上げたものなのか”

 


 ついぞ、シュバールにはかけられたことがない言葉だった。

 

 雄として褒められるのは一流剣士のヴァイスばかり。

 反対にシュバールは知性や美貌を褒め称える言葉を山ほどいただいてきたが、やはり男として思うところはあった。

 そんな、内心求めていた評価を、



「認めるぜ。国王シュバールは、俺の飼い主にふさわしい人間だとな」



 最凶の雄、ザクス・ロアという男が認めてくれた。それがなんとも、こそばゆい。



「ふんっ……では私は、国民に晒すために臣下の死体を用意しよう。その後の戦争行動については貴様に一任していいのだな?」


「おうよ。なにせザクス様は戦争のプロなんだぜぇ? 頼ってくれよ相棒ぉ~!」


「だ、誰が相棒だ! まったくお前は気安いヤツめ……!」



 文句を言いつつも、シュバールの口元には笑みが浮かんでいた。


 ああ、曇っていた視界が晴れるような思いだ。

 そうだ、そうだ、そうだとも。今や自分の手下には、あのヴァイスさえ倒した戦場の餓狼がいるのだ。

 ならば恐れることなど何がある。革命を成した夜のように、邪魔者は全て薙ぎ払ってやろう。



「それでは――国王シュバールの名の下に、客将ザクス・ロアとその配下たちに命じる! 私を裏切った『ラグタイム公国』を、撃滅せよッ!」


『ははァッ!』



 ザクス含め、強壮なる『五大狼』の面々もひざまずいた。


 あぁ最高だ。今や自身は最高の権力と国家全ての財貨を以って、世界最強の傭兵集団すらも動かせるのだ。

 この時初めてシュバールは、自分が『王』になったのだと心から実感した。



「ふははははは! では頼むぞザクスッ、私に勝利を持ち帰るがいい!」


「任せな国王。アンタの未来に栄光あれだ!」

 

「ああ!」


 

 

 

 なお――


 


 

 

 

 

 

 

「うひっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 同盟国『ラグタイム公国』が裏切った証拠など、この世のどこにも存在しなかった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Tips】


レイテちゃん「わたしと外道キャラ被ってるわね」



※ないです。

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第二章完結です!

↓途中でも『ご感想』『こうなったら面白そう』『こんなキャラどう?』という発想、また『フォロー&☆評価』お待ちしております!

 

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