11
尊が席に戻ってきた時、壱はヒィヒィと苦しそうに呼吸し、笑い死にする寸前の状態だった。
そんな壱の姿を冷ややかに見下ろし、それから仲間に同様の眼差しを向けて言う。
「…お前ら、こいつに何を言ったの?」
「何って、尊と伊藤さんの馴れ初めだけど。」
サッと青ざめた尊に、壱が目尻の涙を拭いながら言った。
「お、おま…女に電話番号を渡すのにタキシードにバラの花束って…ば、馬鹿じゃねぇの…。」
「う、うるさい!!俺は真剣だってことを純花さんに伝えたかったんだよ!!」
「ほら、尊っていまいちパッとしないじゃん。だから俺達が『男なら一張羅でビシッと決めろ!』ってアドバイスしてやったら、何を思ったのか、わざわざタキシードをレンタルしてきて…。」
「うるさい!うるさい!!うるさい!!!」
「で、そこまでした挙句、電話番号を交換してもらえなかった伊藤純花さんが、今さらお前に何の用だったんだよ。」
友人達の好奇心に満ちた目が、尊の顔面に集中する。
途端に今まで子犬のようにキャンキャンと吠えていた尊が大人しくなった。
「べ、別に、何でもねーよ…。」
先程の甘美な体験を、この野次馬根性の塊みたいな連中に話すつもりはなかった。
こいつらのことだ、伊藤さんとのデートが露見したら最後、絶対ついてくるに決まっている。
すると、壱がニヤニヤと笑いながら言った。
「こいつらから聞かせてもらったぜ、お前の数々の武勇伝。これまでも女の子とお知り合いになる為に、相当無茶したらしいな。しかし、相手の名前を絶叫しながら、真冬の川に裸で飛び込むのはどうかと思うぜ。」
「~~~~ッッッッ!!」
悔しさよりも羞恥心の方が上回って、言葉が上手く出てこない。
そんな尊に追い打ちをかけるように、マナが壱の気を引きたい一心でこんなことを言い出した。
「あのね、マナ、尊君のとっておきの恋バナを知ってるんだけど、教えてあげようか?」
「マ、マナちゃん、それは…!!」
尊がハッとして、マナの口を塞ごうと動いた。
が、既の所で壱に捕まり、羽交い締めにされてしまった。
壱が極上のイケメンスマイルで言う。
「聞きたいな。教えてくれるかな、マナちゃん。」
「う、うん、あのねぇ…。」と、マナは頬を染めながら話し始めた。
「尊君が病的なくらい女の子のお尻を追いかけるのには、理由があってねぇ。」
「病的って言うな!」
「童貞だからだろ?」
「それもあるかもだけどぉ。尊君、初恋の女の子を忘れたくて必死なんだよねぇ。」
「ああ、その話なら俺も聞いたことあるぜ。尊が子供の時に1度だけ出会ったっていう、泣き虫の女の子のことだろ。」
瞬間、尊がギョッとして叫んだ。
「な、何で修二も知ってんだよ!?」
「何でって、お前、酒に酔ったらその話しかしなくなるじゃん。庭で泣いてた女の子を、お前が慰めてやったんだろ。そしたら、すごく可愛い笑顔を見せてくれて、当時から単純だったお前はあっさり一目惚れしたっていう…。」
「この間の合コンでも、酔って散々その話をした挙句『もう一度あの子に会いたいよ~!』って泣き出して、女の子に慰められてたじゃん。…まさか、覚えてねぇの?」
「………。」
全く覚えていない。
顔面蒼白で沈黙する尊を尻目に、マナが壱に必要以上に体を寄せて言った。
「未だに初恋の女の子を引きずってるなんて、尊君って乙女で可愛いでしょ?」
「………。」
「周防君、どうしたの?」
「尊、お前って奴は…。」
「な、何だよ…。」
真っ赤になって全力で俯く尊に、壱が真顔で言い放つ。
「…きしょ。」
「………。」
そして、尊は今度こそ何も喋らなくなった。
壱のズボンのポケットの中で軽快な音楽が鳴り始めたのは、その時だった。
拘束する理由がなくなった尊を解放し、携帯電話を取り出す。
壱はディスプレイに表示された文字を確認してから、通話ボタンを押した。
「喂、干什么?…等一下。」
「すごーい!周防君、中国語、話せるの!?」
壱は女性陣に得意気に笑って見せると、電話を耳に当てたまま立ち上がり、撃沈状態の尊に向かって言った。
「仕事が入った。俺、もう行くわ。」
そして、釘を刺すように一言。
「分かってるとは思うが、浮気なんかしたらブッ殺すからな。」
「………。」
尊は机に顔を伏せたまま戦慄した。
ままま、まさか、伊藤さんとのデートのことがバレてる…?
恐る恐る顔を上げると、壱はもう立ち去った後だった。
ホッとすると同時に、鉛のような徒労感と疲労感が尊の体に一気に押し寄せてくる。
「ねぇ、ねぇ、尊君。周防君っていつまで東京にいるの?彼女とかいるのかなぁ?」
「…彼女はいないよ。」
マナの質問に尊はグッタリとした表情で答え、心の中で『…俺と結婚はしてるけど。』と付け加えた。
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