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その日、東京の神橋に位置する老舗高級料亭『風月』では、ある組織と組織の秘密の会談が行われていた。
VIP専用のゆったりとした広さのある個室に男が1人と、テーブルを挟んで2人の男が、座椅子に腰かけている。
男達は会話を交わすことなく、ただ静かに『主役』が到着するのを待っていた。
やがて、館内の落ち着いた雰囲気をぶち壊すかのように乱暴な足音が聞こえてきた。
足音は部屋の前で止まり、野太い声が恭しく告げる。
「親分、若をお連れしやした。」
「おう、ご苦労だったな、入…。」
が、入室を許可する前に、スパーンと激しい音を立てて障子が開いた。
そして…。
「何考えてんだ、こんの馬鹿親父がぁぁぁぁ!!!!」
志藤尊は茶髪を逆立て鬼の形相でVIP専用ルームに踏み込み、風月の上品な雰囲気は今度こそ粉々に砕け散った。
その凄まじい剣幕に、室内にいた着物姿の壮年男性が豪快な笑い声を返す。
「がーはっはっはっ!!ようやく来たか、馬鹿息子!!」
志藤組3代目組長、志藤猛(しどうたけし)。
尊とは似ても似つかぬ悪人顔で、性格もまるで正反対だが、これでも一応親子である。
だたし、息子の方は『俺は橋の下で拾われた赤の他人だ!!』という主張を21歳になった今も懸命に続けているが。
「今更何の用だ、クソ親父!!俺はもうそっちの家とは縁を切ったんだ!!二度と俺に関わるなって言っただろ!!」
「がーはっはっはっ!!オメェの極道嫌いは相変わらずだな、尊!そんなんじゃあ、立派な4代目にはなれねぇぞ!」
「だから、俺はヤクザ稼業を継ぐ気はないっつーの!!!!」
そう言って、今にも飛び掛かろうとする尊を『拉致の実行犯』改め『猛の側近達』が必死に止める。
「わ、若、落ち着いて下せぇ!客人の前です!」
「そんなもん知るか!!………客人?」
そこでようやく、尊は部屋の中に父親以外の存在がいることに気が付いた。
行儀よく座り、余計な口を挟まず親子喧嘩の行く末を静観していた、黒スーツの2人組。
1人は恰幅のいい中年男性、もう1人は若くてちょっとビックリするくらいのイケメン…なのだが、両者ともニヤニヤとした薄笑いを浮かべていて、どこか感じが悪い。
「ご苦労だったな、オメェら。下がっていいぞ。」
猛が声を掛けると、側近達はおずおずと頭を下げながら障子の向こう側へと消えていった。
「オメェも座れや。腹減ってんだろ。」
「………。」
促されて、尊も嫌々ながら父親の隣に腰を下ろす。
正面にはさっきからずっとニヤニヤ笑いを浮かべている感じの悪いイケメン野郎。
一体、何の集まりなんだ?
何だって親父は俺をこんな場所に。
異様な空気の中、尊が訝しげに様子を窺っていると、父親が部屋にいる面々を見渡し妙に改まった口調で切り出した。
「…ゴホン。えー、本日は遠路はるばるお越し下さり、誠にありがとうございます。此度の御縁を祝して、ささやかではありますが宴の席をご用意いたしました。お楽しみ頂ければ幸いです。」
「…急にどうしたんだよ、親父。何か悪いもんでも食ったのか?」
その親父らしからぬ言動を目の当たりにして、これはますます只事ではないと、尊が警戒の度合いを深める。
すると、今までだんまりだった黒服の中年男性がようやく口を開いた。
が、尊にはこの男性の言葉がさっぱり理解できなかった。
というのも、男性の口から飛び出したのは、日本語ではなく中国語だったからだ。
より正確に言うなら、広東語。
男性は堅物そうな外見に反して意外とお喋り好きなのか、自分の言語が一切通じていないにも関わらず長々と話を続けた。
ポカン顔の志藤親子を置き去りにして。
そして、満足気な表情で話し終えた時、4人の間に生まれたのはそこはかとなく気まずい沈黙だった。
『…おい、親父、何とか言えよ。相手は親父の反応を待ってるぞ。』と目顔で問う息子に対し『ううう、うるせぇ、今返事を考えてるところだ、馬鹿野郎。』と父親がしどろもどろのテレパシーを返す。
その時だった。
始終薄笑いを浮かべていたイケメンが少しばかり表情を引き締め、初めて口を開いた。
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