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ストレスと戦いながら、【まくら投げ屋】の来訪を待った。疑問がなにも解消されていないせいで生じたストレスだ。
そもそも予約なんてするつもりじゃなかった。【まくら投げ屋】というものがどんなことをしている仕事なのかを知りたかっただけなのに。
でも一度切れてしまった電話にかけ直すというのは、なんだかすごく抵抗のあることだった。
ピンポン。
外の扉で、ボタンが押された。
「こんにちはぁ」
ドアごしにそんな威勢の良い声が聞こえて、心臓が一度跳ねる。玄関に向かい、呼吸を整えたあと、「はい」と応えてドアを開けた。
「こんばんは」
「あぁ、どうもどうもぅ」
外に立っていたのは、スーツ姿の恰幅のいい男だった。歳はだいたい30過ぎだろうか。汗をだらだら流して、片手には黄色いハンカチが握られていた。日は沈んだとはいえ、かなり蒸し暑いからそれもしかたない。
「ちょっとお話、いいですかぁ」
「はあ」
「最近、眠れていますかぁ?」
「え?」
「睡眠ですよぉ、睡眠。あなた、みたところ、なんだかすごく疲れた目をしていらっしゃる」
「はあ」
てっきり【まくら投げ屋】がきたのかと思ったら、どうやら違うみたいだ。そりゃそうか。いくらなんでも、電話から三十分もたってないし。変な宗教かなんかの勧誘だといやなので、さっさと要件を聞き出してお引き取り願うか。
「あの、なんの御用でしょう?」
「あぁ、失礼しましたぁ。わたくし、こういうものを販売している者でぇ」
恰幅のいい男は、紺色のジャケットの懐からパンフレットのようなものを取り出した。そこに記された、とても見覚えのある文字列。
“Happy Your Makura Thinking”
やっぱりまくらじゃねえか。
「ええとぉ、なにかおっしゃいましたかぁ」
しまった。声に出してしまった。
「いえ、あの。もしかして【まくら投げ屋】の方ですか?」
できるだけ丁寧に聞こえるように、そう尋ねると、男の小さめな瞳に呆気にとられたような色が浮かんだ。
「【まくら投げ屋】、ですかぁ。いえいえ。わたくしは決してそのような立派なものではございません」
「立派なんですか、【まくら投げ屋】って」
「ええ、そりゃもう。わたくしどもも、何度お世話になったことかぁ」
「ではこのパンフレットは」
「……ああ、なるほどぉ。それは“Happy Your Makura Throwing”ではなく、“Thinking”ですよぉ。あっはっは!」
男は近所中に響きわたるような朗らかな笑い声をあげた。なんとなく苛立ちをおぼえたのは、その声のせいだろうか。あるいは男の“Thinking”の“Th”の発音だけがやたらと良いからだろうか。とても日本人の口から出た英単語とは思えない。
「“Thinking”と“Throwing”を間違えるなんて。あっはっは! さてはお客さん、睡眠が足りていませんねぇ。いけませんよぉ。ちゃんと寝なきゃあ。しかしそういうことなら、このわたくし、お力になれると思いますよぉ」
「というと?」
「はい。わたくし、【まくら選び屋】ですのでぇ」
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