まくら投げ屋

乙川アヤト

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『まくら投げ、はじめました』。


 今朝、ゴミ出しにいくタイミングで郵便受けを確認すると、電気代の請求書といっしょにそんなチラシが入っていた。


 どうみても手書きで、どうみても素人のデザインしたものだった。ただ“Happy Your Makura Throwing”という筆記体のアルファベットだけがいやに達筆で、ゴミ袋にいれるのがなんだかためらわれた。


 “Makura”のスペル、“r”であってるのかとか、いやいや枕は“Pillow”だろとか、“Your”は“Makura”と“Throwing”のどちらにかかっているのだろうとか、そもそもなんかこの英語おかしくないか、とかいろいろ考えてしまう。そして日が暮れた。


 というか。そもそものそもそも。


 【まくら投げ屋】ってなんだよ。


 ただその一点の疑問を解消するためだけに、チラシに記載された番号を押した。


 これもチラシに記載されている営業時間には、“8:30-0:00”と示されている。朝はやいな、おい。


 ピッタリ二度鳴った呼び出し音のあと、女性の声が出る。


『はい、こちらまくら投げ専門店“Happy Your Makura Throwing”です』


 あ、それ店の名前なんだ。


「あの、【まくら投げ屋】というものに興味があって」


『ありがとうございます。お日にちはいかがされますか?』


「ええと、すぐ知りたいんですけど」


『本日でございますね。かしこまりました』


「あの、チラシが入っていたんです。お店の」


『それはそれは! お電話ありがとうございます! アレ、実はわたしが書いたんですよ!』


 電話口の女性は、心底うれしそうな声を出した。


「え、やっぱり手書きなんですか、アレ」


『そうなんです! まごころが伝わるように、と。今こうしてお話しているあいだも、ずっと書かせていただいてます』


「え、今って、今ですか?」


『今って、今です!』


 返答に窮していると、話し相手の背景で間断なくする、小さな音に気づく。どことなくイルカの短く鳴くような、バスケ部が活動する体育館のような。それはそう、マジックのペンが紙の上を奔走するような音。まじで書いてんじゃん。


『それでは、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?』


 声の調子は丁寧なんだけれど、これ書いてんだよね。いま。


“Happy Your Makura Throwing”って。

『まくら投げ、はじめました』って。


「はい、ええと、タジマです」


『マクラさまで……。あっ、ちがう。タジマさまですね。失礼いたしました!』


 引っ張られてんじゃねえか。一回、手止めようよ。


『ほ、ん、じ、つ、タ、ジ、マ……と』


 ねえ、書いてるよね、今。メモなの、それ。チラシ用の紙じゃないの。てかあんま本人のいるところで、そういうの声に出さないでほしいんだけど。逆にないだろ。まごころ。


『これでよし。それでは、ご予約、ありがとうございました!』


 声が終わり、耳障りな音がしたあと、画面には『通話終了』の文字。


 いや、自分から切るなよ。


 というか結局いったい、なんなんだよ。


 【まくら投げ屋】って。

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